| ●2005/08/27 Sat 北極星から十七つ先「☆ベガvsデネブ★星々の稽古場日記★☆」 |
★お知らせ★ 北極星から十七つ先「☆ベガvsデネブ★星々の稽古場日記★☆」は、 『北極星から十七つ先』特設ページ 『稽古場日記』にて更新中! |
| ●2005/05/20 Fri 〜KAKUTA、さりげなく10周年〜★☆『南国プールの稽古場日記』最終回!!☆★若狭勝也 |
むにゃむにゃ…今日も本番頑張るぞぉ… はっ!夢?!本番終わってるよ! はいどうも〜!若狭なんですけどもね。 いや〜、今思えば夢のようにあっという間に本番は終ってしまいました。 いろいろありました。なかでも横山君が「オダギリジョー」さんに似てると、2名のお客様から言われたらしいですけど、そんな話しはなかった事にして、記憶から消しまして。あと、原さんがハイレグだった気がするんですが、どうも思い出せない。 「僕は、忘れたふりしてる、だけなのかな。」 稽古場日記の“入団時回顧録”では、劇団員達が入団した頃の思い出を綴りました。なかには、忘れたい思い出もあったのかな? 1998 年、僕が初めてKAKUTAの稽古場に行った時、みんなに役者として気に入られたいが為、故意に“ストイックっぽく”見せようと、“極力無口で何か信念が あるっぽい人”を演じて行きました。しかし、1週間後には、化けの皮が剥げて、すぐにおちゃらけてしまって、何かと言えば爆笑していましたね。あの頃に 戻って、最初から普通に稽古場に行きたい。忘れたい記憶でございます。 稽古場日記、ご愛読いただきましてありがとうございました。 そして、ご来場頂きましたお客様・ご協力頂いた皆様・スタッフの皆様、本当にありがとうございました。 この感謝の気持ちは忘れず、原さんのハイレグと共に心に焼き付けて記憶し続けます。 ●桑原裕子よりご挨拶● さりげなく10周年と銘打って回顧記録をつけてみたものの、さりげなさすぎてない方がマシ、ってほどに地味な思い出話でしたが、楽しんでいただけたでしょうか。 振り返って改めてわかったことと言えば、結成初期は無知故に闇雲な活動を行い、中期には現在いるメンバーのほとんどをいい加減にも飲み屋で勧誘し、そして現在も私にはカリスマ無し、と言うことくらいでしょうか。 血を流して書いた脚本の台詞もさっそくネタに使われる有様です(上記若狭の文参照)。 とは言え、どんなめくらめっぽう五里霧中に見える歴史を歩んできたとて、その一つひとつがKAKUTAを形成してきたことは事実なわけで、それらを甘んじて受け止め、今後も額にシワを刻まずツルンとした顔で元気に一同活動して参りたいと思います。 次の稽古場日記は8月!ダブルキャスト再演でまたお会いしましょう。チャオ! ![]() |
| ●2005/05/16 Mon 〜KAKUTA、さりげなく10周年〜★☆『南国プールの稽古場日記』第13回☆★田村友佳 |
鏡前とは不思議なもの。 公演に入ると役者はスタンバイする場所ということで楽屋に入り浸ることになるわけですが、そこは劇場さんによって大きさも設備も色々です。今回は、一人一人にライトが三つもついて引き出しまである立派な鏡前があり、一同うきうき状態。 引き出しの使い方で盛り上がり、大きな鏡越しでの会話を楽しみ、楽屋の中はひっきりなしに黄色い声。 その中でも、一際黄色い声を上げっぱなしだったのが、私のネイバー、原嬢。 どの会話にも尽かさず、突っ込み、拾い、ぼけて、笑い、気がつけばその姿はどこにもあらず。 本番前の不安な気分も、忙しくてどんよりした気分も全て吹き飛ばしてくれました。 ありがとう、フキちゃん。 ★入団路回顧録・1996年2月 結成メンバー、2002年5月再入団★ 旗揚げメンバーでありつつも、途中退団。2002年にオーディションを経て再入団した、となんとも説明しにくい過去を持つ私ですが、旗揚げ時は演出なんぞもやっておりました。 その頃「口にするもの」に興味があった私は、劇団員にともかくせんべいやら、煙草をくわえさせていました。 その当時煙草を吸っていたのは、メンバーの半分くらいだったのですが、どうしても出演者全員が煙草をすうというシーンを作りたくて、すえなくてゴホゴホするメンバーにも毎日「稽古だから!」と強制的に煙草を吸わせていたのです。(ひどい!) そのシーンは芝居中でなかなかきれいに出来、評判もよかったのですが、終わってみれば劇団内は喫煙者だらけ。 今では、15人の劇団員のうち吸わないのは2名だけというスモーカー劇団になってしまいました。 禁煙ブームの世の中で、「喫煙席を!」と懇願してしまう私達をどうかお許し下さい。 |
| ●2005/05/12 Thu 〜KAKUTA、さりげなく10周年〜★☆『南国プールの稽古場日記』第12回☆★桑原裕子 |
★稽古場日記★ オリジナルTシャツが出来た。デ ザイナーである川本裕之を筆頭に、みんなでああだこうだと悩んで作ったTシャツは、とてもかわいくて皆ウキウキ。スタッフさんも、どの色にする?この色に する?なんて言いながらウキウキ。劇場に入り、慌ただしく舞台準備に取り掛かり、疲れ果ててもTシャツは一緒だからウキウキ。 劇場入り二日目、トンカンせっせと舞台を作っている男たちを見ながら、私はひっそり「ベストシャツニスト」を選んでみた。(仕事しろ) じっ くりと選考の結果、1位はデザイナーの川本君に決定だ。普段は髪もザンバラに伸ばしっぱなしで、疲れたサラリーマンより疲れたように見える川本君だが、本 番前だから髪もすっきりカットしており、短髪に赤いTシャツ&ジーンズが似合うのだ。だが一番の理由は、彼が季節を問わず夏でも冬でも年中Tシャツで過ごす人だから。何を隠そう、他の格好が思いつかない。 写真はベストシャツニストではないただのシャツ男たち。1位じゃないのに、うれしそう。 イヤ、君らも似合ってるよ。 ★入団路回顧録・1996年2月 結成メンバー★ KAKUTAは出身校もなく母体のない、烏合の衆で形成された劇団なので、未だに私らは自らを「どこの馬の骨劇団」と呼んでいるけれど、それこそ結成当初は馬の骨どころかどこの何の骨かもわからない者どもであった。 劇団名なんて代々木のファーストキッチンで決めたし、客演は私の高校の後輩(当時現役高校生)だったし、装置の木材をハンズで買って手運びとかしてたし(これって今じゃ考えられないこと)、1ステ40名お客さんが来れば大喜びだった(それで全ステージ3回とかだったりする)。舞台には何でか虫も這っていた。旗揚げ公演を行ったSTスポットで当時館長だった方には「ホントKAKUTAは最初どうなることかと思ったわねえ」と数年後になりしみじみ言われたものだ。 この道を行けばどうなることか。行けばわかるさ。…って、それにしてもさ。闇雲すぎ。 |
| ●2005/05/09 Mon 〜KAKUTA、さりげなく10周年〜★☆『南国プールの稽古場日記』第11回☆★成清正紀 |
★稽古場日記★ 今回は劇団員のみの公演なので、ふとした瞬間に“正月の親戚の集まり”みたいなたたずまいになってる自分に気づく。その時に演出助手のマノケン(イノセントスフィアの劇団員)がいてくれることで、僕はずいぶん自分に対する客観性を持ち直した。パソコン使いのマノケンは頭が良いし、色が白い。僕の真逆の性格?なので、ちょっと緊張するのかもしれないな。 昔バイトをやめる時、ドイツ人の友達マンフレッドが、 「僕はホモじゃないよ!ホモじゃないよ!」 と言って強く抱き締めてくれたが、僕もそうしたい気分さ。 さあ、明日で稽古も終わり、いろいろありがとなマノケン。 ![]() ★入団時回顧録・1996年7月入団★ 当時僕は21歳だった。桑原と同じ養成所(劇団員・原も同期)に通い、養成所帰りにKAKUTAの稽古場に寄った。そこで初めて田村とも出会い、音楽に合わせゆっくりと靴下を履く練習?をさせられた覚えがある。何の練習だったのかよく思い出せないので、明日田村に聞いてみよう。 初参加のKAKUTAですっげ〜緊張してた割りには、開演前舞台上スタンバイで寝てしまったり・・・。 田村ごめん、オレ寝てたわ。でも・・・桑原も寝てたらしいよ(笑)。その頃は主宰になるとは思ってもみなかった桑原は、本番中いろんなものにぶつかってたなあ。何かこぼしたり、引っ繰り返したり。 あの頃の自分らに問いかけてみたいよ、 「何でそんなことするの!?」 ![]() |
| ●2005/05/06 Fri 〜KAKUTA、さりげなく10周年〜★☆『南国プールの稽古場日記』第10回☆★野澤爽子 |
★稽古場日記★ 「あのー爽さん。今回、髪形をこんな感じでお願いしたいんですが。」 そう言って衣装担当のルリコさんが渡してくれたノンノ(雑誌)の切り抜きを見て思わず「おお!」と叫んでしまいました。 今までずっと、ひな鳥頭・黒髪街道をひた走っていた私に、初めてこじゃれた栗毛色パーマのオーダーがきたのです! バラちゃん曰く、ずっと髪形が変わらない人だって思い込んでたけど、ちゃんと注文すれば変わるんだってことを発見したとのこと。 「目から鱗」とはまさにこのことですな。 ![]() ★入団時回顧録・1997年1月入団★ 入団当時を振り返ると、私も含め平均21才というみんなの年を考えたら、まぁわからなくもないのですが、それにしたって力入り過ぎじゃない?テンション高すぎやしないかい?と、確実にツッコミを入れたくなる無駄な若さに満ち溢れておりました。 入団1年目の夏、私の家の別荘で開催された合宿では、現地に到着した早々、家のすぐ近くの川にザフザブ入って行き、なぜかエチュード(即興劇)をやりながら水をかけ合い、夜になったらなったらで、きもだめしとか花火とかさんざん遊んだ後、ろくろく休憩しないまま稽古を始め、途中ではるちゃん(鈴木晴子:現在育児休暇中)が過呼吸になり、そのまま朝方まで起きていた私はバラちゃんと当時KAKUTAの照明・衣装を担当していた川島アッコちゃんに、何か一発芸をやって!とせがまれ披露したのが「浅間山荘事件の容疑者」のモノマネでした。 ホント何やってたんだか・・・・・・。おかしみと共に恥ずかしい思い出が蘇ってきます。 ![]() |
| ●2005/05/04 Wed 〜KAKUTA、さりげなく10周年〜★☆『南国プールの稽古場日記』第9回☆★若狭勝也 |
★稽古場日記★ 5月1日 稽古場見学で、小野由香ちゃんが、差し入れにパンを30個も持ってきてくれた。「10分休憩です!」を合図にパンに群がる劇団員。勿論、“食べ物にいやしい”僕は、こっそりチョコパンを真っ先にキープ!こっそりゲットしたのに、すぐバラ(桑原)に「ああ!キープしてるぅ〜。」と見つかってしまった。似た者同志だから僕の行動が気になったのか・・・・・・? 5月2日 休憩中、松田君と横山君が、何か芝居の打ち合わせをしていた。真剣な姿の二人・・・・・・ごめんなさい、笑えます(笑)!本当に申し訳ない。 ![]() 5月3日 みんなより2時間早く稽古場に入り、ペンキで塗り作業。今回、演出助手で付いてもらっているイノセント・スフィアの間野君も早く来ていて、間野君が作業中に僕の大好きなミスチルを流してくれた。 「♪僕は生ま〜れ変ってゆけ〜る!♪」 熱唱させて頂く。 ★入団時回顧録・1998年4月入団★ KAKUTAは昔と比べると大きくなったものです。一昨年のワークショップの募集では、結構な人数の方から問い合わせが有り、40人で締め切りました。 思い返すと、僕がKAKUTAに入った1998年、劇団員で週に一回ワークショップ・・・というより、劇団員稽古をしていました。 出欠の連絡がどうなっていたのか?ある日、稽古場に来たのは、僕とバラ(桑原)と現在育児休暇中の鈴木晴子の3人だけ・・・・・・。 「どうする?」と3人で話し合い、「エチュード(設定だけ決めた即興劇)をやろう!」という事で始めました。 バラが「ハイ!」と始めて、そのエチュードは、なんと1時間も続きました。 止める人が居なかったのです。 いいかげん誰かが「ちょ、ちょっと止めよう!」と言って、終わった瞬間、1時間もエチュードをやっていた自分達に、3人で爆笑しました。 そして大してそのエチュードの反省もなく、 「ああ!楽しかったねえ〜(笑)!」 と、終了。稽古になったのだろうか? あれは、明らかに、子供の遊び“ままごと”に近かった。 KAKUTAは大きくなった。 ![]() |
| ●2005/05/01 Sun 〜KAKUTA、さりげなく10周年〜★☆『南国プールの稽古場日記』第8回☆★佐藤滋 |
★稽古場日記★ 休憩時間、近くの吉野屋に行くのが恒例になっています。レギュラーは僕と爽ちゃん(野澤)とシン(横山)。 爽ちゃんは「普段ひとりじゃ入れないから」と、ちょっと嬉しそうです。向かう道すがら「モ〜モ〜」とか「ギュウギュウ〜」とか言っています。 シンは「役作り」と言い、毎回ライスをおかわり。彼の好きな食べ物はライス。座右の名は「おかわり」です。劇団の経費でおとしてあげたいと思うくらい、気持ちのよい食欲です。 今日は夏のような陽気でした。青山通りを歩く女性のノースリーブがまぶしいです。 稽古場にパラソルが開きました。夏はもうすぐ…!です。 ![]() ★入団時回顧録・1999年2月入団★ 「あ、カンパイの前に・・・KAKUTAに入らない?(バラ)」 KAKUTAのワークショップに参加して2日目、八王子の居酒屋で生中のジョッキを手にしたまま、僕はKAKUTAの一員のなりました。 その日僕は、別のワークショップオーディションをドタキャンして飲みに来ていました。本当に良かったと思いました。嬉しくて「よろしくお願いします」と叫びました (そしてこの時バラは僕の事を「この子、売れるよ」と言ってくれました。・・・と記憶していて、こないだバラに確認したら「え!?、言ったっけ。全く覚えてない」と言われました)。 結局その日、はしゃぎすぎた僕は終電を逃し、みんなで当時橋本にあったバラのアパートに泊めてもらいに行きました。あの時、終電の横浜線の車中で 「ぜ〜んり〜つせ〜ん♪」 という全く訳の分からない歌を、他の乗客に避けられながらみんなで合唱しました(ちなみにバラは綺麗にハモってました)。 ![]() |
| ●2005/04/27 Wed 〜KAKUTA、さりげなく10周年〜★☆『南国プールの稽古場日記』第7回☆★大枝佳織 |
★稽古場日記★ 青山円形での稽古も落ち着いてきました。場所もいいし、贅沢な環境だわ。 今回の稽古場、筋トレ人口の増加が目立ちます。リゾートのお芝居ということで露出が普段の公演より比較的多いせいかしら。やっぱり自分の体を露出することになれば必死になるわけね。 稽古の合間、または稽古中には、ヒョッコリ、腹筋する人の顔が浮いたり沈んだり。 あらら、かわいらしい。 また、稽古前には原さんの走る姿をよく見かけます。稽古場内をクルクルと何周もひたすら走る姿は最近ではお馴染みなものに。気持ち顔が笑っているのは何故かしら。原さんが走って稽古が始まる、そんな新しいお決まり事がKAKUTAで根付こうとしています。 そういえば、劇団員で唯一、横山さんの筋トレって見たことないわ。想像すら出来ないなんて、何でしょう。 こんな感じで進んでいる今回の稽古、是非公演でKAKUTA劇団員の肉体美を観に来て頂けると嬉しいです。こんなことを言って、追いつめてみます。 お待ちしています! ![]() ★入団時回顧録・1999年4月入団★ 私 が初めてKAKUTAのワークショップに参加したのは、若狭さんと同じ日。19才の時ね。待ち合わせの門前仲町の改札で会ったのは今でもはっきりと覚えて いて、若狭さん、黒づくめの服で顔の印象も違い、近寄り難かったわ。初めて参加した日は予想外の歓迎を受け、こんなヒョッコリ参加した私にいいのかと少し 困惑しました。参加後、「また遊びに来て」と言われ、その後本当に遊びに行く様になったのですが、今思うと、面白い人達がいて楽しいという気持ちだけでの 参加、本当お気楽だったわ。 その頃のワークショップ、台本などはやらずゲームやエチュードがほとんどで、芝居というより、ど素人の大枝も抵抗なく 参加できる様な、どちらかというと遊びに近いものでした。ただ、その遊びが本気遊びで、楽しむことや面白いことに貪欲であり、それがハマってしまった一番 の要因ではないかと思います。今でもそこは変わっていないと思うのですが。そんな感じで通い続け、合宿にも同行し、数ヶ月後に飲み屋で誘われすんなりと入 団しました。 飲み屋で思いついた様に誘われたのだけど、自然といっちゃあ自然だったのかなあと今では思います。 ![]() |
| ●2005/04/24 Sun 〜KAKUTA、さりげなく10周年〜★☆『南国プールの稽古場日記』第6回☆★松田昌樹 |
★稽古場日記★ 4月20日(水) 今回は劇団員のみの公演と いうこともあって、めっきり飲みにいく機会がなかったのですが、今日は珍しくみんなで渋谷の「げんか屋」という焼き肉屋に行きました。もしかしたら、って いうかきっと初日打ち上げまでみんなで飲みに行くことはないんだろうなって思いつつ、ハラミを頬張り、赤ワインを飲みつつ、酔いました。昔はよく飲みに 行ってたな・・・。 ![]() 4月21日(木) 今日はタタキ(舞台装置を作る作業)かなりいい感じで、すてーきな装置になってますよ。 4月22日(金) 今日もタタキ、これまた、かなーりいい感じーの舞台になっております。 装置も楽しみにしていただけるかとぞんじます。 4月23日(土) 今日は稽古が休みだったので、夜、散歩道楽の『カトレア』を見に行きました。かなり面白かったです。何度も笑い、終演後、一緒に見に行ったハラさんに、 「ハワイ(僕のあだ名)の笑い声が聞こえたよ。」 と言われました。それぐらい面白かったのです!ぜひぜひ! ★入団時回顧録・1999年6月入団★ あたくし、一応7年目でございます。いまだ新人と思われてる方もおられるかと思いますが、7年目でございます。中堅? わたくしが入団した当時は、ワークショップにも全部で7人ぐらいしかおらず、一回のワークショップ代が200円という破格のものでした。そう『猫とバイオリン』という作品の前でございました。その200円を払い忘れて帰りに請求されたことを覚えてます。すいません。言いにくかったとおもいます。 当時は、飲みの席で入団を誘われることが通例となっており、『猫とバイオリン』に客演として参加させてもらった時に、その打ち上げで、 「ハワイ(わたくしのあだ名)入りなよ。」 と言われ、考え半分で決めてしまったことを覚えております。主宰の桑原さんも本当に私を欲しかったのか疑問です。だってアルコールが入ってるのだもの。しかも打ち上げで、、ノリってあるから。。 去年のKAKUTAミーティングで、主宰に『そろそろ新人気分を抜かなきゃね』と言われました・・・ わたくし今年で一応7年目でございます。 ![]() |