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2009年10月 アーカイブ

2009年10月01日

待っているかも、が動かせる。

デエトブログの更新が滞っている。
…のは、おまけCDの原稿を書いていたからで。
そう、本日はKAKUTAが先行予約チケットのお客様にお届けしているおまけCD収録日でした。

と書くなら、収録現場の様子を捉えた写真の一枚でも載せるところなんだろうが、あいにく写真を取り忘れた。

なので、

Image5851.jpg
ニョイッ

パソコンの隙間から這い出す猫の写真。

Image5871.jpg
エクソシスト的に、グルン。

Image5861.jpg
デローン出てきすぎ!

以上、おまけCDと何の関係もない写真でした。
さてそんなおまC(略して)、聞いたことない人からしたら本当にどうせ内輪受けで録ってるんでしょ?と思われそうなしょぼそうな名前だけれど、聞いたことある人からすれば「まさかこんなに労力を注いでいたとは」と感心されること請け合いの気合い充分なCDなんデスよ。
で毎回、劇団員に書いてもらうコーナーもありつつ、一応全体を総括する構成台本は私が作ってるわけなんですが、PC原稿で27ページとかあったりして自分で衝撃を受けます。
毎度毎度、「何で台本書き終わったのに、またこんな苦しみを…?」と言うくらい、追い詰められて書いてんだ。
とはいえ、先行予約をしてくれるお客様しか通常は聞けないため、これもしかしたら、ある時突然「おまCもうやめねえ?」といったら特に支障なく終われてしまうんじゃないか、と思ったりもします。
が!が!
「楽しみにしてくれている人もきっといるはず」という一縷の願いにも似た想いが、私たちをやめさせないというわけです。
そうして夕べも一昨日も一人シコシコとさ、おまCに向けて替え歌作ったりして。
アア、私っていじらしい。などと一人で思ったりしてね。

でもさ、これってブログとかもそうなんじゃないかって思いますわね。
別に頼まれもせずやっているわけで、急に消失してもまあ、アラなくなっちゃったのね、くらいですんでしまうものかも知れないけれど、読んでる人もいるはず、もしかしてもしかしたら、楽しみにしている人もいるかもしんない…と思うと、軽い気持ちで始めたブログが、いつしか小さな使命になっていたりする人も多いんじゃないかしら。
しょこたんレベルまで行ったらそりゃもう、当然そうなんでしょうけど。

待ってる人などいないかも知れない。
でももしかしたら、いるかも知れない。
その「いるかも」が私を突き動かすの…オオオ~!(『水色の雨』の盛り上がり風に)

アラッ、そう考えたら、劇団というものにしたって、同じなのかも知れないわね。
やってくださいとお願いされたわけでもないのに始めて、楽しみにしている人がいるかも、という想いに突き動かされて続ける。
いくら好きなことを表現したい!と思って始めたところで、この「待ってる人がいるかも」がないと、なかなか続かないもんですわな。
やめてくださいと言われない限り、この「いるかも」にすがっていくの…オオオ~!

だからさ、ごくたまーに、ブログなんかでつまらん芝居を観た人が怒りまかせに「こんな劇団解散しろ」とか「やめちまえ」みたいに書く人いるじゃない?アレ、自分の劇団じゃなくても、猛烈に腹が立つね。
あんたそりゃ、交差点で通りすがりの人に「死ね」といわれてるようなもんだぜ、と。
死なないけどさ。
言われてもさ。

話が脱線しまくったけれど、今回のおまCもつまりは、気合いが入っていますよという話でした。
「甘い丘」なので、女たちが集合しているコーナーがいつもより多かったのだけど、女劇団員全員で「あること」をしたら、あんまりにあんまりで、久々によじれるほど笑った。

2009年10月02日

家族はもれなく妙なものなり。

ブログって毎日書かないと当然ランキングが落ちるものだろうが、特に気にせず過ごしていてふと「ランクUP!」とかなってたりすると、いいんだよ教えてくれなくて。ほっといてクレよ。と思ったりする。
こないだ劇団員で飲んでいたら、馬場が「俺のブログは書けば書くほどランクが下がる」という。
そんなコトってあるのだろうか。
気の毒だから「読者になる」を押してみようかと思ったけれど、その顛末が気になるのでもう少し放置することにする。

さて、今日はお休みだったので、青山の出演するハイバイの「て」を観てきた。
お恥ずかしながら普段芝居を観に行くことが少なく(いや、行こうとは思ってるんです、常に)、こと自分の稽古中となるとまず行かなくなるのだけれど(いや、行きたいとは思ってるんです、常に)、最近になって「観たいと思ったものはちゃんと観に行こう」という私の中の小さな変革がありまして、行ってきたわけです。
先日「DIVER」を観に行ったばかりなので、迷わずに行けた。
え?駅前ですけど?と思われるでしょうけど、私は迷うんです。
スズナリも本多も未だに迷うんです。

対面客席なのでなんだか緊張。でも近くで観たいので前の方に座る。
舞台の向こう側に子猫がいるぞ、と思ったらグリングの豪さんだった。
相変わらず赤ちゃんみたい。
赤ちゃんに気を取られていてしばらく気づかなかったが、ウチの野澤さんもいた。
泣いたり笑ったりしてみていたが、同じく向かいで泣いたり笑ったりしている野澤さんと目があったらやだな、と一瞬邪念が走ったりする。
お芝居、素晴らしかった。
観ながら父のことを考え、母のことを考え、昨年末に他界した祖母のことを思った。

祖母の告別式を思い出した。
劇中でも告別式のエピソードがとても面白かったのだけど、悲しみに沈みたいのに「アレ…?」と思ってしまうコトって実際多いものだ。
祖母の告別式でも、やはり、お坊さんがお説教を聞かせてくれたのだが、恐ろしく退屈な地元話で濁され、「話すことないのかな」とボンヤリしたものだった。
お坊さんの話がつまらなすぎて、悲しむべきところで気が散っちゃったよと父に話したら「だから(気を散らすために)話すんだ」とよくわからない説明をされ、しかし確かにあの瞬間は悲しみが消えたわ、と妙に納得したりもした。
我が家は親戚に竹内まりやさんがいる。ので、告別式で祖母の棺を運び出すとき、最新アルバムのバラードがかかった。それはとても素敵だったのだけど、葬儀やさんがよもや間違えてハイテンポなご機嫌ソングを流してしまったらどうしようと余計なところでハラハラしたり、私は個人的に「天使のため息」を流して欲しいんだけどな…などと思ったりした。
焼香の最中も、いとこの彼氏が私より老けていることに衝撃を受けたり、参列してくれたウチの劇団員を「さすが一般人とは違う、華がある」と感心したり、なんだか祖母と関係ないことも色々思った。
だけど祖母が好きだった。だからもちろん、絶えず寂しくもあった。

芝居を観ながら、しみじみ、家族というのは妙なものだと思う。
妙でない家族はいるのだろうか、と考える。
きっといないのだろう。だから舞台を観て、気がつけば自分のことのように腹を立てたり、寂しくなったり、笑ったりしてしまうのだなあ。
いいものをみた。
青山よ、とっても幸せな現場にいるねえ。

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