| ■2003/05/25 Sun 夢[テロ] |
恋人とデ−トしていた。さわやかな日曜日の午後だった。 山手線に乗る為に、切符を買おうと千円を入れた。ボタンを押そうとすると、横に居たス−ツを着たおじさんが近づいてきた。何だろう?・・・・・・とおじさんを見ていると、僕が千円を入れた自動発券機のボタンをおじさんは押した。切符が出てきた。 「おいおい!おっちゃん何やってんの(笑)?!」 おじさんは、「へっ?」ってな感じの顔をして僕を見ていた。酔っ払っているのか、仕方がないので、 「その切符と、おつりを、おっちゃんに渡すから、おっちゃんの千円、俺に貰える?」 でもおじさんは、僕の説明が理解できない。切符はおじさんが持っている。彼女を見ると困った顔をして、俺とおじさんのやり取りを楽しそうに見ていた。 更におじさんを説得していると、黒い格好をした人が走ってきた。もう一人、もう一人・・・・・・、20人くらい現れた。何かのショウタイムだろうか?“黒い集団”はみんな顔を隠している。よく見るとみんな“ライフル”を持っていた。本物かなあ〜と思った瞬間、本物と分かった。“黒い集団”は“ライフル”を打ち出したのだ。 「うわああ!テロや!逃げろぉぉぉ!」 彼女と二人で走り出した。(俺が守ってやる。) 逃げた僕たちの方にも2、3人追いかけてきている。逃げ切るのは無理かもしれない。隠れようと思ったら、右に“二人くらい入れる通路”みたいな所があったので、「ここに隠れよう!」と通路へ入った。 「大丈夫か?!」 と振り返ると、・・・・・・そこに彼女は居なかった。 どこではぐれたのか?!(何やってんだ俺は!)とにかく、彼女を助けないといけない。 通路から隠れるように見ていると、黒い集団の何人かが通り過ぎていった。「よし!」と思った時、黒い軍団の“リ−ダ−らしき一人”が、チラッと通路を見た。目が合った。僕は突進して、乱闘の末、“拳銃”を奪う事が出来て、そいつを“撃ち殺した”。「よし!」 まるで映画だ。俺はヒ−ロ−だ。さあ!彼女を見つけて、守ってやろう!と立ち上ると、10メ−トルくらい先に、“彼女”は立っており、こっちを見ていた。無事だ!良かった! 彼女の元へ、彼女は僕の元へ、駆け寄った。ラストシ−ンだ。 ・・・・・・が、彼女は通り過ぎた。「んっ?」 彼女は僕を通り過ぎ、さっき僕が撃ち殺した“リ−ダ−らしき奴”の所へ駆け寄り、彼に抱きつき、彼の名前を叫んだ。 「○○ニコフ−−−!!」 (うっそん!何それ?) 名前は聞き取れなかったが、ロシア人っぽい名前だった。彼女は金髪の白人の彼をずっと心配そうに見て泣いていた。その目は“愛する人への目”だった。 全ては分からなかったが、ものすごく冷静だった。意識がハッキリしていた。怒りとか悲しみとか、そんな感情ではなかった。今、頭にあるのは、 ・彼女はロシア人らしき人を愛している。 ・また彼も彼女を愛していた。 ・俺は・・・・・・? ・テロの目的は、彼女と彼が計画した、駅を巻き込んだ俺の暗殺だ。 彼女が名前を叫んで、2、3秒後だろうか、僕は銃口をゆっくりと彼女の方へ向けた。その流れのまま、何の迷いもなく引き金を引いた。一発で命中し、彼女はリ−ダ−の上に重なった。 「うわっ!!」 目が覚めた。「夢かあああ〜!!」とはすぐに思わなかった。夢という事は認識していたが、一番最初に思ったのは、「何故だ?!」だった。まだその彼女と付き合っている時だった。 一番幸せな時期だった。 |
| ■2003/05/25 Sun ↑夢判断 |
[テロ]の夢判断は、聞くのが怖い。 ダメな僕の性格が、出るのが怖い。 こんな夢は、 “見ず”に流したい。 ↑↑↑[ああ−もう(怒)!!] |
| ■2003/04/28 Mon 夢[あべ静江] |
〜幼い頃の夢〜 おじいちゃんが亡くなり、お父さんが“銭湯”を継ぐまで、僕たちの家族は、その“銭湯”の横の、震度3くらいで倒れそうな“ボロい家”に住んでいた。狭いながら一応2階があった。 2階は、・寝るところ。・洋服が置いてあるところ。くらいで、普段は1階で生活をしていて、1階でテレビを見たり、食事をしたり、勉強机があったりと、ホント2階にはあまり行かなかった。なので電気は、2階に行く時だけ付けるので真っ暗だった。 でも、2階に行く用事はたまにはある。偉そうに“妹に威張りくさる長男・勝也”ではあったが、怖いものは怖い。一人では、あの真っ暗の2階には上がれない。 兄「静香ぁぁぁ−−−!」 家来の妹を呼び出す。 兄「お前、先に上がって、2階の電気付けて来い。」 家来「なんで?私、2階に用事ないもん・・・・・・。」 兄「ええから、行けぇっ−−−(怒)!!」 家来「うわ−−−ん(泣)!」 妹を機動隊の盾のように、前に立たせ、階段を上っていく。2階は真っ暗だ。入り口にスイッチがないので、部屋の真ん中の電気の紐を引っ張らなくてはならない。 兄「早く引っ張れ(怒)!!」 家来「なんで私がやらなあかんの(泣)?!」 兄「早くぅ−−−(怒)!!」 カチッ。部屋が明るくなる。一瞬静寂。 兄・家来「うわあああ−−−!!」 いつ見ても怖い。そこには、“着物を着て、包丁を持った[あべ静江]”が居る。不気味な顔をして、何が憎いのかこちらを見ている。 2階には、縦1m×横60cmくらいの、何かの映画の“包丁を持ったあべ静江の白黒写真”が飾られていた。お父さんが飾っていた。お父さんは、特別に[あべ静江]が好きではないはずだ!でもその写真は、僕が物心がつくまで、ずっと飾られていた。“お父さんの、何らかの教育”だろうか? 幼い頃、3日に一回は、“包丁を持った[あべ静江]”に追いかけられる夢を見て、うなされて起きた。最悪だった。 お父さん。僕が“根性がない性格”なのは、[あべ静江]のせいです。何故ですか・・・・・・? |
| ■2003/04/28 Mon ※あべ静江 |
・あべ静江(歌手、女優、タレント) ・1951年11月28日生まれ ・出身 三重県 ・昭和48年「コ−ヒ−ショップで」でデビュ−。以後26枚のシングル、8枚のアルバムを発表。1974年(この年に、僕は生まれた)、「みずいろの手紙」で第25回紅白歌合戦に出場。映画、テレビ、舞台と幅広い活躍を見せている。“木の実ナナ”とたまに間違う。 |
| ■2003/03/30 Sun 友 |
1995年、夏。東京に向かう新幹線で、Mr.childrenの「Tomorrow never knows」を‘リピ−ト’してずっと聞いていた。窓の外に黒い大きな山が見えた。「大きい山やなぁ〜」と、良く見ると、その形は何処かで見た事があった。富士山だった。初めて見た。日本一になりたい。いや、何があっても日本一になってやると思った。 父に幼い頃、よく言われていた事がある。 「お前はすぐにあきらめる。どうせ続かない。」 言われた通りだった。自分が言い出して、‘習い事’に行くようになっても、すぐに辞めてしまう。 「ほら、お父さんが初めから、言ってたやろ。」 返す言葉が無い。 テストでいい点を取ると、すぐに自慢してしまう。 「お前はすぐに(物事を)なめてかかる。一回いい点取ると、もう、‘出来た気’になって、勉強しなくなる。」 その通りだった。その通りなので、本当に、“自分は考えが甘い性格なんだ”と、トラウマのように思っっている。[俺は、ダメな奴なんだ。]と。 東京。日本一になる為には、まず隣にいる奴には、絶対負けてはいけない!少しずつでもいいから、這い上がる。‘妥協・あまえ’は決して駄目だ!そして、何かいい事があっても、‘自分はセンス・才能がある’と自惚れてはいけない!俺は、人の2倍・3倍の努力をしなければ、日本一、隣の奴にすら勝てないんだ!と自分をいましめた。そして続ける事。前進あるのみ。 ‘遊び・息抜き’は避けた。一番俺をダメな方へと、‘誘惑するもの’だった。なぜなら、楽しい事、友達と遊ぶのが大好きだから。 「たまには気分転換した方が・・・」とか、「別に、たまには遊んでも・・・」とか言う人もいるが、一度、リラックスし過ぎてしまうと、‘東京での緊張感’が消えてしまうのではないか?と恐かった。幼い頃そうだったように。 だから、あんなに仲が良かった、いっぱいバカやった、 大阪の友達 と連絡を取らないようにした。 でも、大阪からは連絡が入る。「ケンちゃん(僕の高校時代のあだ名)!正月は帰って来んねやろ?」「ケンちゃん!同窓会やろや!」「ケンちゃん・・・。」 僕は、曖昧な返事をするようになった。「うん。でも、今、忙しいからなあ〜。」「そうやなあ〜、久しぶりに俺も大阪に行きたいなあ〜。」「うん。行けると思うけど・・・ハッキリ分かったら連絡するわ!」 次第に、大阪からの連絡も減ってきた。 東京に来てから、1年くらい経ち、久しぶりに大阪から電話が入った。 「ケンちゃん!来週5人くらいで車で東京行くねん!だから東京で飲もうや!」 久しぶりにみんなに会える!しかも東京に来る!胸が高鳴った。東京の家の住所を伝え、車で迎えに来てくれる! 「じゃあ、近くに着いたら電話してな!」 と僕は電話を切った。 どこに連れて行こうかな〜?新宿!歌舞伎町!アルタ前!渋谷!楽しみやなあ〜〜!・・・・・・・・・。 電話を切ってから、1時間後。僕は大阪の友達に電話した。 「俺やけど・・・、うん。悪いけど・・・、来て欲しくない。今、遊ぶ気になれない。ほんまにごめんやけど・・・。」 何故かは説明した。あまりマジメな話というか、こういう感じの話はした事がなかったので、大阪の友達は、少し笑いながら、困ったように、一応、納得はしてくれた。 ごめん。 それ以来、大阪の友達の間では、 [ケンちゃんは‘ノリ’が悪くなった。] [愛想が悪くなった。] と言っているらしいというのを聞いた。同窓会・結婚式・正月の集まり、などの連絡は来るが、僕は大阪の友達に‘嫌われているかもしれない’と思った。そりゃそうだ。仕方がなかった。 俺が東京に来てから、3年後くらいに、仲が良かった大阪の友達のメンバ−の一人、辰巳君が東京に就職でやってきた。久しぶりに会って飲んだ。新宿で飲んだ。昔の話をしたり、大阪でのみんなの話を聞いた。就職・結婚・子供が出来たり・・・・・・。僕はチラッと、 若狭「大阪のみんなは、俺の事、どう思ってんのやろなあ〜?」 と、それとなく聞いてみた。 辰巳君「まあ、‘ノリ’が悪くなったとか、言うてたでえ〜(笑)。」 若狭「やっぱりなあ(笑)。まあ、仕方がないわな〜。ハッハッハ。」 やっぱりなあ・・・・・・。 辰巳君「でも、吉村 がみんなに言ってたけど、「いや。ケンちゃんは、偉い!凄い!」って言うてたで。」 若狭「えっ!・・・吉村が!」 ・・・・吉村。・・・・ ・・・・高校3年間ずっと同じクラスで、一番仲が良かった吉村。・・ ・・・・・・・長電話した吉村。・・・・・・・・吉村。・・・ ・・中学3年で童貞じゃなかった吉村。・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・俺の恋の相談にのってくれた吉村。・・・ ・・ 恋愛の達人吉村。 ・・・・・・・・・・吉村VS吉村。・・・ ・・・・・・・俺が電話で「来て欲しくない。」と言った吉村。・・・ ・・・・・フューチャリング吉村。・・・・吉村!?・・・・・ ・・・・・・・・・・よしむら・・・・・・・よく飲んだ村・・・・・・・・・ ・・・・・・・俺の事を嫌っているかもと思っていた吉村。・・・・ 吉村は、俺の事を大阪で「偉い。」と言っていた。 涙が止まらなかった。 連絡はあまりしなかったけど、大阪にはあまり帰らないけど、俺は大阪の友達は、みんな大好きだった。みんなに、もし嫌われたとしても大好きだった。でも、それから僕は、もっともっと‘大切なんだ’と思った。みんなの為にも、俺は東京で頑張らなくてはいけない。 前進あるのみ。俺は一人じゃない。 |
| ■2003/02/28 Fri 武勇伝 |
大阪を離れて何年だろうか?あの頃は暴れたもんだぜ。思い起こせば、数々の悪さをしてきたなあ・・・・・・。このデコボコのこぶし。ふふっ(笑)、まあいい、過ぎた事だ。お天道様も目をつぶって許してくださるだろうよっ!! ウソです。真面目な好青年でした。手なんか女の子みたいです。 僕は近所で自転車に乗っていて、前から明らかに下級生がやってくると、ちょっと恐い顏をして、“がに股”で自転車をこぎ、不良がやってくると、「あれ?、あれなんだったっけかな〜?」と何か考えてるフリをして、「不良がいるなんて、全然気が付いてませんよぉ〜」みたいな顔をして、目を合わせないように“内股”で自転車をこぐ。 [争いごと→大嫌い。ケンカ→怖い。不良→お金で済むなら殴らないで。] だから僕は怒らない。ちょっとした言い争いも嫌だ。だって怖いもん。 でもこんな僕でも、ケンカをした事がある。 ---------- ≪VS大内戦≫ 小学校6年。休憩時間に運動場で大内と殴りあった。理由分からず。まあ所詮小学生同士のケンカ。チャイムが鳴るとあっけなく終了。 ---------- ≪VS斎藤戦≫ 中学校3年。サッカ−部での練習終わり際、同級生の斎藤君と。斎藤君は背が小さく、ちょっとみんなからナメられるタイプ。「もう〜、やめろやぁ〜。」が口癖と言ってもいい。 何かの拍子で、僕が、斎藤君が蹴ろうとしているボ−ルを、違う方へ“ポ−ン”と蹴った。「ハッハッハ(笑)!」と僕は笑っていると、「なにすんねん!取ってこいや!」と斎藤君。確かに、いや確実に僕が悪い。「ゴメンゴメン(笑)」と僕は“じゃれあっている”つもりが、「なに笑ってんねん!取ってこいや!」と斎藤君。その通りだ。何回も誤るも、斎藤君はいつになく“つっかかって”来た。いつもなら泣きそうになり、ボ−ルを取りに行くのに・・・・・・。 僕は完全にナメられてると思った。 「他の奴なら引き下がるけど、若狭なら勝てる!」と思ったのだろうか?それが腹が立って仕方なかった。 それでもケンカはしたくない。でも斎藤君と僕の“押し合い”はエスカレ−トし、“殴り合い”になった。でもやはり、斎藤君は“体が小さい”。力では僕の方が上で、すぐに斎藤君を抑え込めた。もう分かっただろう・・・・・・と、僕が手を離すと、斎藤君はまだつっかかってくる!また、僕が押さえ込む。繰り返し。僕は徹底的な一打は出せない。怖いから。 (斉藤、ボ−ル取りに行くからやめない?)心の中で言った。 普段、ケンカをしない二人は、限度が分からない。≪終わり≫が分からない。だからまた殴り合う。俺が押さえ込む。終わらない・・・・・・。 夕日が、しょぼい二人を照らす。→かっこよくない! すると、周りでそんな二人を笑いながら見ていたサッカ−部の奴らが、僕の顔を覗いてきた。「うわ-!若狭!血ぃ−出てるでえ!」僕は、瞼を切っていた。斎藤君は動揺していたが、引き下がれない。俺も引き下がらない。でも、もう、終わり。 みんなに引っ張られ僕は職員室に行った。 でもその道中!下級生のサッカ−部の奴らが、そんな俺を見て、笑っている気がした!弱い者同士のケンカ。しかも若狭さんは、あの斎藤に殴られ、血を出している。斉藤に負けた? ちがう−−−!俺が本気を出さなっかたんだよぉ! 悔しかったけど、あんなに怒って、絶対許さない!と思っていたけど、斉藤に職員室で会ったら、二人とも謝っていた。 明日みんなに、影で笑われるだろうけど・・・・・・。しょぼい二人、ガンバロぜ!と思った。情けなかった。 完全に俺が悪かった。そして瞼を2針縫った。ケンカは嫌だ。 斉藤君、今何してるんだろ? ---------- ≪VS洗い場のおばちゃん戦≫ 20歳。フリ−タ−時代。その店は敷地も広いのに、その広さで2階もある。僕はホ−ル担当。その頃の僕はバイトやる気満々!そこの、まあ、2階のバイトリ−ダ−的な存在になった。へへ−ン! 連日大忙し!!僕は、的確な判断をし、みんなに指示していく。チチンプイプイ!! それだけ忙しいと、お皿も割れる割れる。お皿が足りなくて、お店が回りきらなくなる時もある。 ある日。 「さて、今日も頑張るぞぉ〜!へへ−ン!チチンプイプ・・・・・・。」あれ?お皿が少ない。これじゃ、お店が回らない。どうしたんだろ・・・・・・?みんなに聞いて回ると、どうやら“1階の洗い場のおばちゃん”が、2階のお皿を1階に持って下りたらしい! この店は、1階と2階、階段で繋がっているが、2階にも入り口があり、ほぼ違う店と言っていいほど分かれていた。 1階の洗い場のおばちゃんは、よく働く。でもうるさかった。回りのみんなと意見が合わない。そしてふと、「この人は何かあったのかなあ〜?」と思うくらい、おばちゃんは疲れた顔をしていた。結構年なのに、バイトしてかわいそうだなあと思った事もあった。 でもお皿の件は許せなかった!2段飛ばしで、リ−ダ−は1階の洗い場に駆け抜ける。 リ−ダ−「ちょっと!2階の・・・・・・」 おっとっと、落ち着けリ−ダ−。何か理由があるかも分からない。まずは理由を聞こう。 リ−ダ−「おばちゃん、2階の皿、持って降りた?」 おばちゃん「ええ?」 リ−ダ−「なんで?」 おばちゃん「・・・・・。」 リ−ダ−「ちょっとお。」 おばちゃん「だって、1階のお皿少ないねんもん(怒)!」 リ−ダ−「はあ?!2、階、の、お皿も、少ないんじゃあ−−(怒)!」 リ−ダ−、皿を手に取る。 おばちゃん「なにすんの!?」 リ−ダ−「勝手に持っていくなよぉ−−(怒)!」 おばちゃん「返して!1階もないねんから(怒)!」 リ−ダ−「離せ!返して?・・・・・って、お前が取ったんやろ(怒)!」 (離婚する夫婦が、子供の取り合い。) 〜ケンカを思い出せるのは、この3戦くらい。〜 [1勝1敗1引き分け。] お皿は2階へ。 |