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2005年11月 アーカイブ

2005年11月22日

森羅万象(しんらばんしょう)その1

この連載、第一回目が2001年5月。
「合縁奇縁」そんなことわざから始まったんですけれどもね。
この4年半って、一体どういう時間なのかと振り返りますとね。
私がKAKUTAで脚本を書き始めたのが2001年のはじめ。
KAKUTAでっつうか、まともに芝居の脚本というものをちゃんと一本書いたのがこの頃。それまでも演劇部や地方のラジオドラマなんかでね、ちょこちょこ書いたことはあったんですけど、それまでは「プロット」「箱書き」なんて言葉すら知らなかった私が、オリザさんに泣きついたり堤さんにすがりついたりしながら脚本を書きはじめて今に至るわけなんですが。
つまりはそのくらいの月日なわけですわ。

だのに、「さ」。
この吐露部屋は、まだ「さ行」。
あか【さ】たなはまやらわの、
   ↑
まだココ。
一体これは、どういうことでしょうか。

そろそろブログにならねえかなーとか思ってるんですけど、こんなになまけなまけやってちゃ「わ」に行き着く頃には40代だよ、その頃までことわざに追われてる日々なんてヤダよと言う危機感を背に、もう律儀に「獅子奮迅」→「針小棒大」→「森羅万象」とかやってる場合じゃねえなと、焦ってこれからは「し」の次は「す」!「す」の次は「せ」!っつう感じでサクサクやっていこうと思います。まあ、これも長い連載を休んでいた言い訳なわけですけれどね。
ピッチ上げていくよ!

「森羅万象」=宇宙間に存在するありとあらゆるもの。
と言うことなんですが、宇宙と言えば星。星と言えば、プラネタリウム。プラネタリウムと言えば…ってほらね、強引に次回作の話に持っていきますわ。
来年二月の朗読公演『満天の夜』はプラネタリウムが舞台。私も『北極星から十七つ先』初演時に、星座の勉強をするため10ウン年ブリに行ったわけですが、いやはや本当に素晴らしいですよ、プラネタリウムって。大人になってから見る方が、もしかしたら楽しいかもしれない。

森羅万象(しんらばんしょう)その2

真っ暗闇の中、ドーム一杯に星が映し出されると、本当に自分の肉体が消えて魂だけが宇宙の真ん中に投げ出されたような気分になる。
だけどそうして星に包まれるうちに、自分が“宇宙間に存在するアリとあらゆるもの”のうちの、ほんのちっぽけな存在に過ぎないのだなと感じながらも、逆を言えばそれはつまり、確かに私はここに「いる」ってことなんだナア、と感じたりもするわけで。
私のように、普段ゲームばっかやって己の「いない」世界に没入する日々を過ごしがちな人には、同じバーチャル空間でもそれはそれはスーッと視界が開けるような感覚なのです。
どうぞ皆さん、森羅万象に存在する「僕/私」を確かめにプラネタリウムへいらっしゃいな。

まあ、朗読公演はまだ稽古も始まっていないわけだけどもね。

「す」 水魚の交わり(すいぎょの・まじわり)その1

桑原組。
のっけからなんだよ偉そうにって感じですみません。
これ、何だと思いますか。
KAKUTAのことじゃないですよ。まあ言うなればKAKUTAも桑原組なわけだけどさ(偉そう)。桑原軍団とか、チームクワバラとか、桑原学級とか何でも良いけどさ。
桑原組。
なんだか、乱暴な響きだ。まるで眉毛と小指のないオニイサンが私の横で手を振ってそうなイメージだけれども、違います。
こりゃあ、明日初日の「ラフカット2005」で、私が脚本を書いたチームの内輪での呼び名ですわ。
ラフカットでは毎回4人の作家が脚本を書いているのだけど、1話2話と呼ぶほかに特別な呼び名がないため、判別をするときは作家名をとって○○組と呼ぶ。
そういや私も自分が出てたときは特に深く考えず「堤組」などと言ってたなとは思うものの、いざキャスト陣を前に演出家・堤さんの口から「桑原組」と言われると相当ビビるものがあった。
おこがましいというか、恐れ多い気になってしまうのだ。
「良いの?私の組で、本当に良いの?!と言うか、私で良いの
そんな風に一人一人とっ捕まえて聞いてみたくなる。いやそんなことしたら聞かれた方が不安になるだろう。
組と言う響きがおこがましさを増すなら、はぐれ刑事のように「桑原派」とかならどうだろうか。「ラフカット桑原派」うん、良いかもしれない。
でも、なんかこれだと派閥争いがありそうでちょっと外面的に悪い気がするし、自分の意志で入りましたとムリクリ言わせてるような押しつけがましさがある。
ならば、「桑原系」ではどうか。癒し系、なごみ系、クワバラ系。
言いにくいよ。「系」がつくものは、とにかく軽口たたけそうな言いやすさが必要だ。だから「情熱系」もダメだと思う。字面は良いけど言いづらいもん。
じゃ「桑原班」は?あ、ちょっと良いね。あくまで班長デスヨってスタンスで、私の荷が軽くなる感じする。責任逃れか?じゃあ却下。
「桑原寄り」よくわかんないし、寄りたかねーよと反感を抱かれそう。
「どっちかっていうと桑原寄り」だから、寄りたかねーって。
「桑原っこ」ついでに倶楽部をつけて「桑原ッ子倶楽部」。もうなんか趣旨も見えなくなってきた。

「す」 水魚の交わり(すいぎょの・まじわり)その2

と言うわけで、桑原組ですわ。
とは言え、桑原組なんて言われると、彼らに親近感がわくのも事実である。
そっかー桑原組かー、みんな可愛いなあー、よーしみんな、海まで行っか!そんな感じ。
彼らが望んだか望まなかったは別にしても、自分の名前の組に属してくれているのだ。ありがたい話じゃないか。
最初の稽古の本読みの時にも、自分の書いた脚本を目の前で読んでいるというプレッシャーさえなければ、ウットリと一人一人の顔を眺め回したかったくらいだった。
そのくせ、このところなんやかやと締切に追われて桑原組の稽古には結局一度しか行けてない。なんたるちーやのさんたるちーや。桑原不在の桑原組。
嗚呼みんな…憶えていてね、私のこと……もう、「堤組(桑原含む)」とかでも良いからさ…涙。

明日に本番を控え、桑原組のみんなは、否、ラフカットのみんなはどんな心境だろうか。
自分も出演してみてわかったことだけれども、ラフカットというのは4チームずっとバラバラに稽古をするので、小屋入り直前になって全話で集合したときにやけに緊張し、故に安心できる自分のチームがとても愛しく思えたりする。
去年再演したときは他のチームにも身内がいっぱいいすぎてそんな意識もすっかりなくなっていたが、最初に参加したときはもう、他のチームが怖くて仕方がなかった。特にうちの組は他と比べてキャストが5人しかいない、えらくこじんまりした組だったため、他チームのにぎわいっぷりに不安をかき立てられたものである。みんなの前で見せる最後の通し稽古は緊張のあまりカッチコチに気合いを入れた芝居になってしまい、うちに帰って泣いたりしてたのだった。
周りと競争する気はなくても、他のチームが面白ければドキドキする。こわくなる。
だからそんな時、脚本を書いた私が稽古場に行って応援できなかったのはとても心苦しく、悔しかったし、申し訳なかった。
だけど、そんなに心配はしていない。
なぜかというと、堤さんの演出だからと言うことと、最初の本読みから役者陣がとても良いなと思えたからと言うこと。そして、ラフカットという企画そのものが、初日が明けてしまえばもうお祭り騒ぎの、とにかくとっても楽しいものだからである。

「す」 水魚の交わり(すいぎょの・まじわり)その3

全部の話とひとつの楽屋を共有して同性同士徐々に仲良くなっていくのも楽しければ、他のチームのイケメンと喋ったりするのも楽しい。協力し合い互いのチームの舞台をセッティングするのも楽しいし、終わってからの打ち上げも、なお楽しい。
ライバル心や自分の組だけに執着する気持ちはいつの間にか消え、舞台袖でお互いに励まし合い、応援し合うようになる。終わって他チームとお疲れと言い合う瞬間は、本当に貴重な体験をしてると実感させてくれる。
この企画の本質が、競い合うことではなく人と出会うことにあるんだと改めて気づくのだ。
実際、ラフカットから始まった出会いをあげればそれはそれはたくさんある。同じ年に一緒にやった青木豪氏をはじめとするグリングご一行にしてもそう、KAKUTAに出演してくれた人もいれば、川本なんかは成清の出演したラフカットが始まりだ。大切な心の友も出来た。そう言う企画なのだ。
だから、そんな体験をこれから出来る皆さんが羨ましくもあるし、怖がらずにいってらっしゃい!と肩を叩きたい気持ちだ。


…なんてかっこつけて言ってはいるけどさ………。
脚本家桑原としては………、
こわいいいいいいい!こえええだああああ!
誰か大丈夫だっていっちくりよおお、おれはよおお、いつだって何だって不安なんだよおおおおお!!

今回に限らず、何書いてもどの公演でも毎回怖いんだけどさ、ホントどうにかならないのかこの性格は。なーんだろこの臆病者っぷり。嗚呼、誰か私にも「怖がらずいってらっしゃい」と言って!!!

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