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2006年03月 アーカイブ

2006年03月16日

「て」 徹頭徹尾(てっとう・てつび)その1

こうやってエッセイを書かせてもらっていると、不定期という言葉をいいことについさぼりがちになってしまったりもするのだが、普段の「おもしろ事」には常に目を光らせていなければならないと思う。
しかし時には「世の中むかつくことばかりだぜ」などというクサクサした気持ちになり、本来ならば笑いこみ上げるすっとこどっこいな日常も、色褪せ、やさぐれた目線で見てしまうことがある。
そんな時どうすればいいか、最近になって気がついた。周りにおもしろ事が見あたらないときは、それらを思い起こさせてくれる「おもしろ人」を友人に持ち、彼らのことを思い出せばいい。
ここでいう「おもしろ人」とは、芸能人とか文化人とかいうカテゴリ分けのひとつであって、芸人さんともちょっと違う。みうらじゅん氏やいとうせいこう氏、安西肇氏、泉麻人氏…挙げればキリがないほどに世の中には「みんなのおもしろ人」と呼ばれる方々(クリエイターと呼ばず敢えてここでは敬意を表しそう呼ばせて頂く)がいるが、出来ることなら自分の身近にそんな「おもしろ人」がいると、毎日がより楽しく過ごせるというものである。
こんな風に言うと「それなら他人に頼らず自分こそがそれになろうじゃないか」と人は欲深く思ってしまうもので、ことに私のような小劇場の役者なぞは己が「おもしろ人」でなくてはならないと半ば強迫観念にとらわれるかのごとく考え込んだりしてしまうものだが、それとこれとは別の話。ここは“役者にとって必要なユーモアセンス”などどいった小難しげな観点からはずれて、私も私もと背伸びせず純に身近なおもしろ人と親交を深めていきたいものだ。
また、「そんなこといったら面白い人なんて周りにたくさんいるよ」というお声も頂戴するが(してないけど)、ここで注意したいのは「おもしろ人」と「おもしろさん」の違いである。
例えば私の例で言うと、KAKUTAの横山さんなどは確かにしょっちゅう突発的な笑いを提供してくれる人ではあるが、彼の場合、本人も期せずして笑いを誘ってしまう「おもしろさん」である。

「て」 徹頭徹尾(てっとう・てつび) その2

横山にまつわる数々のこと…好きな子に手製のオルゴールをプレゼントし(よせばいいのに)、告白する際に箱を開けて曲を聴かせ、相手に「やめてー」と耳をふさがれた事件や、「異物感がある」と言いたいのを「汚物感がある」などと言い間違えたりする事、『満天の夜』で使用したまっピンクの(豚)帽子をかむり、『ねこはしる』で使用した大量のビニール傘を鞄につっこんで歩くそのアンバランスな様が迂闊にも新宿中央公園の住人のように見えてしまう悲劇…そうしたことは、決して彼の意図したところではない。
世の中のおもしろな側面を人並みはずれた探求心でもって自ずと覗きに行く人が「おもしろ人」ならば、本人は至ってまじめなのにうっかりおもしろに転化してしまうのが「おもしろさん」だと思うのである。
おもしろさんと一緒にいるのもいいものだが、その無自覚さに時にイラッと来るのもまた事実だ。

さて前置きが長くなったが、私にとって身近な「おもしろ人」と言えば真っ先に思いつくのが、当劇団の宣伝写真を手掛ける写真家・相川氏だ。
仕事は一流、デキる男と呼んで過言ではない彼なのだが、相川氏の中にある「おもしろ人」的要素には、うっかり本業の仕事っぷりを忘れさせる力がある。
夏冬問わないロングコートに70‘sなロン毛の三つ編み&バンダナ、豊富な口ひげと江戸時代の商人のようなトレードマークの丸メガネ…その遺憾なく個性を発揮している風貌には、おもしろ人としての強固なこだわりがある。また、「ヒヒヒ」とカタカナで書けそうな笑い声と言い、鼻の穴に割り箸をつっこむという「どんだけ練習したんだあんた」とつっこみたくなるほどの見事な宴会芸といい、『ゲゲゲの鬼太郎』で言えば間違いなくねずみ男のポジショニングな彼なのだが、同時にディズニーで言うところのグーフィー的おとぼけ感と親しみやすさを兼ねているのも相川氏の魅力だ。
「おもしろ人」というのはえてして飲み屋で神になるものだと思うのだが、彼の場合にも例に漏れず、打ち上げの席などではいつも彼が周囲を飲み込んで離さない「相川テーブル」が出来上がっている。

「て」 徹頭徹尾(てっとう・てつび) その3

そこで語られるのは主にセックス話だ。「そんなことないですよ!!」とご本人に怒られそうだが、敢えて「いや、そうだね!」と語調を強くしたいほどに、彼のセックストークはつきることがない。最初こそ違う話をしていたつもりが気がつくと「セックスとは…」という話題にすり替わっており、それを私は「アイカワ・マジック」と呼ばせて頂くが、その魔法にかかれば例え女の子でもつい笑い転げながら話題に参加してしまい、今でこそ美しい素敵な奥さんがいる彼だけれど、かつてはそうしたセックストークで会場を沸かせつつ、話の合間にするりと女の子に“口説きをかます”のも見事なテクニックであった。
が、私がおもしろ人と太鼓判を押したくなるのはなにもセックストークに限ったことではない。
おもしろ人は先述した独自のファッション同様、その人なりとなりを現す何かへ向けての強いこだわりをもっているもの。
彼の場合は写真で、それはもうプロなのだから当たり前なのだけど、そのこだわり、そのプロ意識には目の当たりにするにつけ毎度シャッポを脱ぐ(by雪山素子)気迫がある。
例えば、舞台記録を撮るときの彼が、なんかすごい。
KAKUTAではチラシの宣伝写真だけでなく、公演の様子を写真とビデオカメラに記録するのもお願いしている。写真は本番中に撮るわけにいかないので大抵がゲネプロの際に撮っていただいており、その際に彼は舞台のあちこちに移動して撮ってくれるのだが、その動きたるや舞台上にいる役者たち以上のアクティブさなのだ。
あらゆる角度から、時にはしゃがみ、時には駆け寄り、そして時には舞台上に乗り込んで、桟敷の座布団の上で滑ったりしながら写真を撮る。「走る・滑る・見事に・転ぶ☆」彼の背後にはキン肉マンのテーマ曲が流れているようだ。
役者の動線ギリギリに沿って動きながら撮影する参加型カメラマン・相川氏なので、役者たちはたとえ視界の隅で相川さんが転んでいようが接して集中力を切らすまい、と必死で芝居を続けている。ある意味、役者の集中力を高める良い作用となっているのかもしれない。しかし客席で見ている私は、相川さんが次にどこで走るか、どこでこけるかに気を取られ、うっかり芝居の方を見逃したりしているので、集中を切らされていると言えないこともないだろう。

「て」 徹頭徹尾(てっとう・てつび) その4

そんなアクティブ・フォトグラファー相川氏と私は、時に口論になることもある。
先月上演した『満天の夜』でのこと。真ん中にどデカイ投影機が位置する独特な空間のプラネタリウム公演だけあって、かの相川氏も「これは一体、どこで(ビデオを)撮れって言うんですか…」とため息を漏らしていた。
しかしそこで大人しく引き下がる彼ではない。舞台は円形を囲むように三つの高台が設置されており、その高台の下は櫓のように空洞になっていた(そこに布を貼るかたちになっていた)のだが、その櫓の下へ潜り撮影するというのが彼の案であった。どういう状況になるのか様子がつかめぬまま私は別の準備に取り掛かり、しばらくはおのおので公演に向け動いていたが、本番が近づき、いざゲネプロへと言うあたりでどこからか「桑原さん」と相川氏の呼ぶ声がする。
見ると、私の背後にあった高台舞台は、布で隠されるはずのけこみ(舞台の側面)部分が小窓のようにポッカリと開かれてあり、そこからニュウとビデオカメラ&相川氏の顔が覗いていた。まるで野生の珍鳥を撮らんとしているバードウォッチャーの様な風情である。
「まあ、こんな感じになるんですけどね」と相川氏。
「え…あの、そんな感じですか」と私。舞台である高台の下にブラックホールのようにと開いた黒い窓はさながらのぞき見額縁ショーだ。
私「あの、布で隠したりはしないんですか…?」
相川氏「ええ、それだと見えなくなっちゃうんで」
もともとこの櫓の中で照明さんがオペをする予定になっており、片方の窓は小さく開いていたので少々の覚悟はしていた。が、しかしこの個性派な相川氏が窓から覗いているのは、あまりにも、あまりにもインパクトがありすぎる!
「あの、もの凄い気になるんですけど…」私が今にも溢れ出そうなおかしみをこらえながら言うと、相川氏は窓の向こうから野鳥の会状態でひょうひょうと返した。
「いやでもね、お客さんは上を見るわけでしょ?だったらここにいる私のことは、多分気づかないでしょう」
「いや、気になります!むしろ相川さんのことばかり見ます、絶対!!」私は必死で答えた。私がお客さんならば、役者以上にあの小窓に潜む丸メガネの方に見入ってしまうに違いない。ご自身のたぐいまれなる存在感を彼は自覚してないのだ。

「て」 徹頭徹尾(てっとう・てつび)その5

相川氏「いや見ませんって、役者を見ますって」
わたし「相川さんを見ますって!」
相川氏「いや見ませんよ、僕なんか」
相川さん、謙遜してる場合じゃないよ。
しばらく、窓の中と外で「見ない!」「見ます!」のやりとりが続き、私は口論を続けながらもおもしろな事態に今にも吹き出しそうな思いで心が震えっぱなしだった。
しまいには、「じゃあ僕が隠れれば良いんですね」と相川氏が言い、カメラのファインダー以外を布で隠して櫓の下からレンズだけが覗いているという形でも試してみたのだが、 “こ…これじゃまるで盗撮だよ!” という余計怪しい状態になって、その上相川氏がカメラをパンするごとにコッソリ隠れているはずのレンズが布を引き連れてヌー、ヌーと舞台の下で動くので、私はついに本来の趣旨も忘れるほど笑ってしまったのだった。
結局「そうですか…僕が見えますか…」と言ったちょっぴりしょんぼりした感じで相川氏は別のポジションに移り、本番は滞りなく撮影を行っていただいたのだが、私は本番中も「もしあそこに相川さんがいたら…」と、一人相川氏の野鳥の会な様を想像しては笑っていた。
そんな相川氏だから、私はついつい彼をプロカメラマンと認知する以上に「おもしろ人」としてインプットしてしまうのだが、出来上がってくる写真を見ると、その「おもしろ人」な彼とのギャップに、否、そんな彼だからこそ撮れるのであろう素晴らしい写真や映像の数々に、いつもハッとさせられる。
彼独自のアクティブさと、そのこだわりから生まれるショットの数々は、彼を真のおもしろ人であると証明すると同時に、彼にしか撮れない躍動感を生み出しているのであった。
おもしろ人・相川博昭。彼のおもしろを知るのは自分だけじゃないかとつい自惚れそうになるのだが、なんのなんの。ミクシィには彼のコミュニティまであり、そこには100人以上のメンバーが登録していて、ファンによる相川秘蔵写真などもアップされているという、彼はまっこと有名な「みんなのおもしろ人」なのである。
もしもミクシィに参加している人がいたら、どうぞコミュニティへの参加をどうぞ。
相川さん、これからもどうぞ私におもしろを提供してくださいね。

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