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2009年09月 アーカイブ

2009年09月15日

北九州芸術劇場リーディングセッション「甘い丘」終わったよ。

首のスジがおかしい。
夕べ、北九州芸術劇場でのリーディングセッション演出を終えて、東京へ帰ってきたのだ。
久々に帰る家は、北九州へ残す想いがありながらも、やはり嬉しくて。
スー猫が待ち構えていたと言わんばかりにグルグル喉を鳴らして。

ただ、同じく待ち構えていた新参猫・クンチョロ
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↑コイツ
は、私のこと忘れたか?というぐらい、帰って早々噛み倒され、深夜になってようやく思い出したのか、はたまた置いてけぼりにされた怒りが解けたのか、4時から朝8時まで、耳たぶを舐め倒された。
当然安眠できず、そのせいか、東京帰って一日目に、首筋がおかしなコトになっている。

北九州芸術劇場リーディングセッションというのは、東京から演出家を招き、北九州の俳優たちや、または演劇経験のない市民も含め、オーディションでキャストを選出して朗読公演を行うというもの。
私の前に参加した演出家陣は、松尾スズキさんや河原雅彦さん、白井晃さん本谷有希子さん鈴木聡さん…と、んなの私が受けたいわ!!っつうそうそうたる方々ばかり。
次回は花組芝居の加納さんだとか。
わ・た・し・が・う・け・た・い・わ!!

何で私なぞが呼ばれたのか?
と考えるに、この企画のプロデューサーが能祖さんだからだとまずは納得したわけです。
能祖さんとは、今年春のKAKUTA公演でポストトークに出演もしてくれた、元青山劇場のプロデューサーで、何を隠そう、私の初舞台である、青山演劇フェスティバル「転校生」のプロデューサーでもあったお方。
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当時私はピチピチ(むっちむち)の女子高生。
そんな折に出会い、演劇のイロハを教えてくれた能祖さんは、平田オリザ氏と並び、いわば父親的な存在というわけ。
だから娘びいきのお父さんが手をさしのべてくれたのか・・・と、思っていたわけですよ。

しかし、だからとてこのそうそうたる演出家陣に並び、私がやらせてもらうのは親子のような関係に甘えることなど出来ぬ大役。
だって、稽古期間はたったの5日間!!
更に、音楽アーティストの生演奏アリ、というのも見どころの一つ。
7月にオーディション、8月にワークショップと、二度北九州へ行き、さあいよいよ9月、公演へ向かいましょうという頃には、そのプレッシャーと恐怖ですっかり「行きたくネエ!!インフルエンザにならないかしらん」というビビリ具合だったんデス。

さて、怒濤のような一週間の滞在を終えて、帰ってきたわけですが。
まーーー、楽しかったっすわ!!
楽しいだけじゃなく、大事な体験を色々させてもらいました。

一週間て、スゴイネ。
去年、シアタートラムで「日本語を読む」をやらせてもらっててほんとよかった。
あとKAKUTAワークショップの「ドップリつかろう一週間」やっといて良かったわ。
でも、それでも、改めて、一週間という時間の濃さに驚いた日々でした。

忘れたくないことがいっぱいあったなあ。
そこで、自分が忘れないために、この怒濤の朗読公演を、演出日記風に振り返ってみようと思う。
他人が読んでも面白くも何ともないものだろうが。

北九州「甘い丘」演出日記・1

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初演版「甘い丘」 写真/相川博昭

4月某日。
KAKUTAの朗読の夜シリーズ「帰れない夜」のポストトークに能祖さんがゲストで参加してくれた。
その公演期間中に北九州リーディング(以下、9R)の打ち合わせ。
能祖さんがカワイイ女性を二人引き連れてやって来る。
そのお二人が、今回の企画運営を担っていくのだという。
どちらも私より若く、キラキラしていてフレッシュ。
しかし若さゆえのいいかげんさなどがまるでなく、とても真摯に企画に向かっている様子が伺えて、なにやら嬉しい気持ちになる。
一瞬でも「能祖さんは可愛い子が好きだな」などとにやついた自分を反省。
この企画について色々聞き、演目は何にしようかと相談。
ちょうどスズナリでやっていた「さとがえり」が上演時間も手頃なのでまずは第一候補に挙がるも、一体どうやって朗読公演をやるのか、さっぱり見当がつかず。
とにかく一週間でやる大変な企画である、というコトをひたすら聞く。
自分はまだKAKUTA公演期間中で、頭も回らず、まあ何とかなるかとボンヤリしてしまう。

5月某日。
バンダラコンチャの稽古中。音楽家を決めねばと思いつつも、こういうとき真っ先に思いつくアルケミストは、9R公演中のこの頃は忙しいという。と、ふとバンダラで音楽を担当している花れんちゃんが思い当たり、ボーカリストでも良いかも知れぬと、ダメ元で打診してみる。
と、サラリ聞いてみたにもかかわらず、次にあったときには参考用のCDまで作ってくれた。
そのやる気だけでもう、お願いしますと思ってしまった。
花れんちゃんは女性らしい、伸びやかでしなやかで、美しい歌をうたう。
花れんちゃんを迎えることを思ったら、女のドラマ「甘い丘」が合うのではと思い、演目候補に挙げた。
そう考えれば、花れんちゃんじゃなければ甘い丘は出来なかったんだなあ。

6月某日。
「甘い丘」に決定。劇団員を迎えて良いと言ってもらい、朗読に向いている原と、「甘い丘」で、設定上難しい役柄である虎杖を演じた成清を連れて行くことに。

7月某日。
キャストオーディション。絶対一人で行くとキャスティングを悩むので、成清に来てもらう。
短い時間ではあるが、一度本読みを聞いたくらいでは決められないと思い、2次選考をやらせてもらうことになった。
一次は長ゼリを読んでもらい、二次では短い掛け合いを読んでもらう。
演劇経験不問、という呼びかけをしているため、演技スキルは期待していなかったが、予想以上に皆うまい。特に然治幹治という兄弟役を読み合わせしてもらうと、どの人もなかなかどうして面白い。
が、これ以上ないという組み合わせのキャストを見つけてしまい、然治幹治は即決定。
また、みね役にぴったりの女の子がいたりして、他のキャストも割合スルスルと決まる。
もともと成清は虎杖を演じてもらう予定だったが、難しい設定をこなせそうなキャストが見つかり、逆にオーディションキャストの中にはあまりいないタイプだった別の役を成清が演じることに。
主人公・かの子を演じる女優は、本来30代後半でないとと思っていたが、その年代の女優さんが見つからない。
が、透明感があるのに目力の異様に強い女優が印象に残り、お願いすることにした。

8月某日。
テクニカルミーティングとワークショップのため、再び北九州へ。
今度は原が一緒に行く。町は祭りムード一色で、非常に賑やかで面白い。
原も「初の地方出張なの」と揚々としており、滞在二日間は、たっぷり祭りを楽しんだ。
ワークショップも、ちょうえんぶゼミが終わった直後だったため、比較的カリキュラムもスムーズに組むことができ、順調に進んだ。
が、この日は前日色々と忙しかったため、体調が最悪で、読み合わせの段になると体がグラグラしてきた。気を抜くと頭が真っ白なり、落ちそうになり、必死で俳優たちの声に集中しようと努める。
しかし役者は皆良い。
トンビ役の俳優がべらぼうにうまく、また本家「甘い丘」の村上航さんの声と少し似ていて、シュロを演じた私はキュンとなる。
最初の本読みは2時間20分。能祖さんから1時間半を目指してカットしてくるようにと無謀な注文を受け、ますます頭が白くなる。
打ち上げで飲んだ帰り、体調の悪さがピークに達し、お腹まで痛くなって、ホテルめがけて奔走した。
劇場スタッフの若い女性が私を気遣い、伴走してくれる。その暖かさになんだか泣けてしまう。

翌日、テクニカルミーティング。
あまりにも私が何も考えていかずミーティングに向かったため、能祖さんがビックリしている。
劇場スタッフさんの皆さんも不安にさせてしまった気がして凹む。
が、技術スタッフさんがこれまたロン毛の男前で、そんなところはしっかりチェックしてしまう自分もいる。
のっけから信用を失ったまま帰るわけに行かぬと思い、もう一泊していく予定だったので、朝早くにもう一度舞台美術プランを考えて打ち合わせさせてもらった。
ひとまずはたたき台になる舞台プランが出来、少しだけ安心。
そして小倉城をしっかり堪能し、楽しんでしまう自分もいる。
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演出助手のイッチーこと市原君が案内してくれた。
イッチーはのこされ劇場という北九州を代表する劇団の主宰でもあり、この9Rシリーズを長く演助として支えて来た人でもある。
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(女の子の方がイッチー)
うちの演助・タムさんは、敏腕すぎて忙しすぎてKAKUTAでも呼べないことが多くなってきたため、演助と聞きめざとく東京へ来る気はないかなど、聞いてしまった。

それにしても舞台美術に不安が残る。
東京に帰ってきて間もなく、美術プランが送られてきた。
自分のアイディアなのに、それを元に作って頂いたデザインを見ると、どうにも動きをつけにくく、悩む。
己の美術センスのなさを思い知り、悩んだ挙げ句、タテヨコ企画の横田修氏を召還魔法(ファミレスを奢る)で呼び出し、相談に乗ってもらう。
さすがKAKUTAで長年美術をしてくれたヨコッチ。
私では考えつかなかった修正案で、使いやすい美術にしてくれた。
その後、北九州スタッフさんが素晴らしいアイディアを加え、素敵な舞台にしてくれた。

美術ももっと勉強しよう、と頭をたれる私であった。

2009年09月16日

北九州「甘い丘」演出日記・2

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8月某日。
花れんちゃんと初めての、二人だけの音打ち。
音楽がその場で聴けた方が良いので、花れんちゃんのテラスハウスにお邪魔する。
同じように表現に携わる仕事、いわば自由業をしているにもかかわらず、花れんちゃんのテラスハウスは美しく、庭付きで、ほう・・・となる。
あたしんちはスナックの二階であり、ヒビが入っており、震度2の地震も5ぐらいに感じるボロアパート。
いいことと言えば、スナックのカラオケがうるさいので、深夜に掃除機をかけたり歌ったり大喧嘩したりしても大丈夫というくらいか。
また拭き掃除も行き届いており、私の家に花れんちゃんは入れられない、と静かに思う。
花れんちゃんが「バラちゃん、掃除嫌いそうだよねえ、アハハ!」とあっさり言うのだが、私は普段から不潔なオーラを発しているのだろうかと不安になった。

打ち合わせはとんとん進んでいく。
それにしても、花れんちゃんの曲がいい。
打ち合わせ前にデモ用の劇中曲を作ってくれていたのだが、どれを聴いても良く、また抱いているイメージもぴったり。「相思双愛」の時よりも、そのフィット感を明確に感じる。
それだけ花れんちゃんが台本を読み込んでくれたということがまた嬉しい。
音楽に関しては既に手応えを感じる。
バンダラコンチャでの出会いに感謝。

8月某日。
8月も後半にさしかかり、いよいよ9Rが近づいてきた。
この頃になると、衣装プランの相談や、台本の修正、舞台の装飾、小道具など、細かい打ち合わせが増えてくる。
その打ち合わせは全て電話かメール。東京と北九州の距離なので当たり前だが、普段打ち合わせなどのスケジュール管理は演助に任せきりであったため、どの程度の頻度で連絡を取るべきなのか、迷いつつメールを送る。
結局、毎日の様に企画担当の野林さん(最初に能祖さんとあったとき一緒に来てくれたカワイイ女性の一人だ)と、文通している形になる。
最初こそ二人とも、自分の近況報告なども含めたメールにしていたのだが、そのうち確認したい事項が互いに多くなり、業務連絡をバンバンと送り込む。
そうしたビジネスライクなやりとりはしかし、不思議と「ちゃんと進んでいるぞ」と思わせられ安心にも繋がる。
また、電話で照明さんとも打ち合わせ。
希望を述べてみると、非常に的確に理解して話を聞いてくださり、更に安心した。
顔が見えないやりとりのもどかしさはあまりなく、逆に、この囁くように話す方はどんなお方なのかしらんと、お会いするのが楽しみになった。

8月某日。
家にいると夏の陽気に集中力が保てず、近所の漫画喫茶へこもり、台本のカットや立ち位置などを全て一から考え、ノートに書き込む。
こういう作業は「朗読の夜シリーズ」で毎回行っていることなのでさほど苦ではないが、小説ではなく、戯曲なので、どこまでト書きを読むべきかのバランスが難しい。
漫画喫茶の中で、お借りしていた過去の9R作品の舞台映像を観た。
鈴木聡さんの「裸足でスキップ」。これはもともと大好きな作品でビデオで何遍も観たので、よく憶えているから、朗読だとこうなるのか、と非常に勉強になった。
一週間の稽古とは思えない完成度に驚愕。

だがそれにしても、私の演出する朗読とは何なのだろう。私は何がやりたいのか。
9Rの朗読スタイルは自由で、台本を持ってさえいれば、実際に台本を読まず、丸めて持っているだけでもいいし、まったく動かず朗読するのもあり。
その自由度の高さにまた悩み始めてしまう。
読まなくて良いなら、普通に芝居すればいいと言うことにはならないか。演劇に負けないか。
いっそ「朗読の夜」シリーズのアクティブリーディングスタイルにしてしまえばいいのか。
でも読みたい。読む、という行為を残したい。
グルグル考えは巡るが、悩んでもしょうがない、と頭を振り、とにかく自分のやりたいことをガシガシとノートに書き込んだ。

漫画喫茶に来たからには、もちろん漫画も読んでしまう。

9月某日。
時間をかけて台本をエイヤとカットしてきたが、もうこれ以上は、というところまで来た気がする。
小ネタなど、削ろうと思えばまだ削れなくもないのだが、私が俳優ならばここを削られたらガッカリするだろう…などと思うと、どうにもバサバサ切ることが出来ない。
しかし、ト書きは大幅に削った。
能祖さんが8月のテクニカルミーティングのあと、「小説を書くつもりでト書きを考えてみな」と言っていたので、ト書きも一から朗読用に書き直した。
骨を折る作業だったが、声に読んで面白いト書き、と言うものを少しだけ学んだ気がする。

そんななか、KAKUTAの顔合わせ。
俳優として作家として演出家として、とても楽しみにしていた顔合わせだが、今回は9Rの参考になるというちゃっかりした考えも胸に潜めて、読み合わせ。
果たして、久々に皆が集まっての読み合わせは、とても面白くホッとする。
2時間20分あった北九州の読み合わせの時、そのあまりの長さに、この台本は…面白いのか?と不安になったのだが、ト書き抜きで読んだ初演版の台本は、カットなしで1時間45分。
そうか、テンポを上げればいいかと、少しホッとする。

いよいよ北九州への出発が近づいてきた。
緊張とプレッシャーが、静かに溜まっていく。
嗚呼、行きたくネエと呟いてしまう自分がいる。
じっさい、新しい座組に参加するときは、割合いつもそう思う。
しかし、その度合いが大きければ大きいほど、反動も大きかった。
ヴォードヴィルショーで演出したときもそうだ。
あれほど行きたくないと思っていたのに、芝居が終わる頃には皆が大好きになり、離れがたかった。
今回もそうなったらいいのに、と怯えながら祈る。

北九州「甘い丘」演出日記・3

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9月6日、北九州出発。

朝早く、原と成清と空港に集合。睡眠不足で出かけるとひどい目に遭う、というコトは8月のWS時に学んでいたことなので早く寝ようと思うが、興奮しているからか、やはりほとんど寝付けず来てしまった。
同じく成清も高ぶる思いから睡眠不足だったよう。
その点、原は、昂ぶる思いをそのままに揚々としてやって来た。
昨日具合が悪いと言っていたのに、ヤケに元気である。だが時々自分でも思い出したように、「私ホントはこんなに元気なはずがない」と揺り戻したりしている。
空港で荷物を預ける際、成清の鞄にライターが二つも三つも入っていて手間取った。
それをゲラゲラ笑ってみていた原だが、いざ自分が手荷物検査でX線を通す段になると、ビービー音を鳴らして引っかかっている。
何が通っているのか?と本人もボンヤリしていたが、果たしてとんでもない物を持ち込もうとしていた。
係の人が、X線検査機を見て呟く。

「彫刻刀です」

・・・・・そんな危険物を良く持ち込もうとしたな、原よ。
「あっ、これは仏像掘るためにデスネ」
係の人に説明すればするほど怪しまれている。結局(当然)彫刻刀は没収となり、自宅へ着払いすることになった。
余裕を持って集まったはずが、原の彫刻刀によって、乗り遅れるかどうかのギリギリで搭乗。

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(CAさんに引率され搭乗口に走り込んでくる原)

のっけから、なにやら慌ただしい出発となった。

この日は照明さん音響さんとの打ち合わせのみ。
お電話やメールで話していたスタッフさんとようやく会う。
お二人とも素晴らしいプランを立ててくださっていたので、話し合いはスムーズに進行。
花れんちゃんも混ざり、音楽の入りどころも改めて決める。
同行してくれたイッチーが「こんなに決めてきた演出家は初めてです」という。
一応私も、8月のいいかげんなテクニカルミーティングを反省していたのだなあと、思う。

打ち合わせが終わったのは夕方。この日はナリも私も寝ておらず非常に疲れていたため、花れんちゃん、成、原と4人で、さくっとおでんを食べて帰ろうということに。
このおでん、私が北九州(小倉)へ行く楽しみの一つだった。
おでん屋にはなぜかおはぎも置いてあり、このおはぎをチビチビ削って食べつつおでんのツユをすするのが最高にうまい。
最初に成清と小倉へ行ったときに虜になり、何だったら毎日これでもいいと思っていた。
花れんちゃんも原も気に入ったようで、「私も毎日これでいい」と言って食べている。
中でも、餃子天(餃子を薩摩天に入れた物)が最高に美味しい。

結局、おはぎとおでんを何品か持ち帰り、ホテルの朝ご飯にすることにした。
ホテルへ着くなり、爆睡。
そして、夜中の内に目を醒まし、おでんを食べてしまった。
ここから私のデブへの日々が始まる。

9月7日、顔合わせ&初稽古。
おでんで腹を満たし、稽古場へ。
いよいよ始まったと思うと震えが来る。が、稽古場ではその様子を見せないつもりで振る舞ってみる。
自己紹介は以前のWSで済んでいたので、軽い挨拶の後、早速読み合わせ。
また衝撃の長さになったらどうしよう…と不安を抱いていたのだが、これが面白かった。
皆、一ヶ月前に出した短い注意点を意識して読み込んできてくれていた様子。
「この工場の雑多で、我先に自己主張したがる人たちの空気を出すために、相手の台詞が終わりきらないうちに次の人が喋る、と言うテンポでやってみましょう」
私がWSで出した要望とは、この程度なのに、皆とてもうまくなっている。
台本読みだけでかなり時間がかかってしまうことを覚悟していただけに、これはいけるぞ、とワクワクしてきた。

台本を読みながらト書きをバンバン削る。やはりこれは実際に、声を出してみないとわからないので、やりながら削ることを予定してきた。
ト書きを読むのは原である。
原は朗読の夜シリーズでも欠かせない、KAKUTAでは最も語りの読みがうまい人だと思うが、あまりに冷酷無慈悲に削っていくため、あらかじめ「バリバリ削っていくと思うけど、あんたが下手なワケじゃないから気にしないで」と言っておいた。
数時間後、予告通りあまりに削っていく私に「あんたが最初にああいってくれてなかったら、アタシ凹んでたよ…」と原が弱々しい声で言っていた。
ともかく、削って読み、トータルタイムは110分。
思い切って台本をあちこち削っただけのことはある。
が、ここにはまだ音楽も入っていない。
120分になることは免れないだろう…。

この日の夜は、初稽古なので飲みに行くのもありだったが、やることがいっぱいある気がして落ち着かず、自制して花れんちゃんとまたしてもおでん屋へ。その後、初日飲みで酔いどれた成清と原も合流。
ホテルに戻ったら戻ったで、同じく酔いどれた能祖さんが部屋にやってきて、ナリと扶貴子、能祖さんの4人で少し飲む。
結局飲みに行くのと変わらない時間になってしまった。

9Rに来るまで、能祖さんは「お前は飲みに行く暇なんてないからな」と散々おどしてたじゃんかー。

北九州「甘い丘」演出日記・4

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9月8日 劇場入り&立ち稽古。

朝は少し早起きをし、川沿いのタリーズコーヒーでお茶をする。
ホテルが快適で、バスタブも広く、稽古場まで歩いて5分程度なためノンビリ出来、すこぶる調子が良い。
タリーズのカフェでは絶えず良い感じのボサノバがかかっており、川を長めながら朝食を撮っていると、今日も頑張れそうな気がしてきた。途中から原が合流し、二人で朝食を取る。
原は爽やかな朝に清々しい笑顔を見せつつも、店員が手間取ると相変わらず東京仕込みの厳しい目を向けている。
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信じられないことだが、顔合わせの翌日、もう小屋入りなのである。
劇場へ行くと、立派な装置が出来上がっていた。段差が多いので役者は注意が必要だが、タッパもあり、観やすく使えそう。また、スタッフさんが施してくれた美術も雰囲気を醸していて素敵だ。
モチベーションが上がり、稽古。

今日は昨日に引き続き、段取り稽古。あの漫画喫茶でひたすらノートに書き込んだ、役者の立ち位置や動きなんかを、ザッとつけていくのだ。

「今日は芝居の稽古だと思わず、ダンスの振付を憶えるように段取りを憶えることに集中してください。誰が段取りを一番憶えられるか大会って感じで」

そう宣言し、段取りをガシガシつけていく。本来、普通の稽古では段取りを後回しにし、役者に遊んでもらうこともあるが、私の場合、普通の芝居でもおおざっぱな段取りだけはとりあえず最初につける。
大体どの辺にいると見栄えが良いか、というコトを決めておくと後々楽というのもあり、また、この人と私の距離はこのくらいね、と、立ち位置で自分と周りの距離感を知っておくと、その後も動きやすいからだ。
だから、段取りの振付などは稽古とは言わない。ひたすら憶えてくれればいい。
が、立ち位置などを決めるうち、ちょいちょい欲が沸いてしまって、ここはもっとこうしてみて、などと稽古の演出もちょっとばかりつけてしまう。

立ち稽古になると、このリーディングセッションという企画になれている役者とそうでない役者の違いがハッキリ見えてくる。
それは、台本の持ち方だ。
初めての人にとっては、台本が邪魔くさくてしょうがない。
台本を持っていなくてはならない、という決まり事のせいで両手がふさがれるため、好きな動きが出来ず不自由そうにしている。その気持ちは、とても良くわかる。
あの漫画喫茶で立ち位置を考えていたとき、結局のところ私は、「台本を持ちつつも結構動き回る演出」をすることにした。
ただし、読みながら動き、ただ「台詞を何となくしか憶えてないから台本が手放せない人」に見えるのは勿体ない気がしたので、読む、というスタイルを最低限守れる動きをつけるようにした。
それでもやはり、このスタイルに慣れてないと台本という存在は邪魔である。

だが、一度見方を変えてしまえば、この「台本を読む」という制限は色々遊べたりもする。
つまり、動けない分、見方を変えれば何をしているというコトにも出来るわけで、例えば、「○○は高橋名人のように16連射をした」だの、「○○の両手は解凍したてのタコのようにぐねぐねと広がり天井へ伸びて行く」だのという訳のわからない設定があった場合でも、ト書きがそう言うだけで、動かずともそれになれるのだ。
コレは逆を言えば、「表現として動かねばならないこと」から解放されているとも言えるのではないか。
そう考えると、このリーディングの面白さが、少しだけわかってきた。

「台本を持つリーディングスタイル」に慣れてないと言えば、成清も同じである。
台本を観るべきか、相手の役者を観るべきか、動くべきか動かざるべきか、その動作ひとつひとつに四苦八苦している。
でもあんた、台本を持つ朗読の夜シリーズの「ねこはしる」もやったジャン!と思い、成清にだけ1トーン低い声でダメ出しをしてしまう。

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しかし最近じゃ朗読公演のはずなのにこんなこと(河童)になっている成清さん。

2009年09月18日

北九州「甘い丘」演出日記・5

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演出日記の傍ら、新劇団員マサとのデエトブログも更新したりしています。
こちら>「デエトブログ、マサ編」
そして甘い丘の台本もまた直さなければならないし、別の仕事もあるし、混沌としていますが、どれもこれも必ずや頑張りますのでもう少し日記書かせてください(誰に言っているのか)。

9月9日 立ち稽古、前半。

段取りをひとしきりつけ終わり、いよいよ今日から本格的な立ち稽古。
ギリギリではあるが、昨日までに何とかラストまでの立ち位置や動きなどをつけられたため、もう一度初めから。
イッチーが稽古の時間割スケジュールを立ててきてくれる。
この時間割がないと、私は予定通り稽古することが出来ない。
「押しても構いませんからね」とイッチーは言ってくれるが、私は決められたシーンまできっちりやりたい。こう思うようになったのは、プラチナ・ペーパーズの堤さんと一緒にお仕事をさせてもらうようになったからだ。
堤さんは、毎日キッチリ、予定通りのカリキュラムで稽古をこなす。全ての場を通すといったら、どれだけ稽古が不完全でも全場まで通す。
これは一見、細かい箇所にこだわらずガシガシ進めていくため打算的に取れそうだが、実は違う。
まず、役者が芝居の流れに体を慣らしていくのだ。
堤さんの稽古を受けている自分の経験上、そうして流れを充分に掴んだあとの方が、ダメ出しも吸収しやすかった。細かい箇所を時間かけてやらせてもらうのも役者としては個人的には好きだし、大事なときも確実にある。
でも、最初から時間を無視した稽古をすると、どうしても後半が追っかけになってしまう。
今回は通常以上に時間が限られているため、なんとしてもイッチーの時間割通りやろうと思った。

先日バタバタとつけた段取り通り稽古を頭から追っていく。またここからは、花れんちゃんも舞台に上がり、役者たちと一緒に歌いながら芝居をしていく。
普段こういう稽古をしたことがない花れんちゃんは、アレ?このきっかけで出るの?という顔で演出席の私をあからさまに伺いつつ舞台に登場するので、その顔が可笑しくてつい、笑ってしまう。
が、初めて舞台上で、ピンマイクをつけて歌う花れんちゃんの声を聞くと、その迫力に改めて圧倒された。

役者の皆は、つけられた段取りに加え、芝居を乗せていく。
昨日より、皆台本を持つスタイルに慣れている。最初から会話のテンポを意識して皆読んでいるため、既に大人数が登場する一場は見応えのあるものになりつつある。
先日の段取りに更にキャラクター色を加えた演出をしてみる。なるほど、こういうキャラなんだ、と理解し声色や居ずまいがドンドン変わっていく役者たちを見ているのは面白い。

また、照明や音響も既に芝居に合わせてつけていただけるようになった。
背景音や明かりの変化によって、役者は普通の稽古以上に、気分が乗りやすくなる。
それは本当に贅沢な稽古だ。2場でややおどろおどろしい照明が当たるシーンでは、そこで不吉な会話を交わす役者たちも合わせて不気味な声になり、目つきも座ってきて、非常に面白い。
地元でDJをやっている桂役の女優は、背景の音楽で表情と声がパッと変化する。やはり普段ラジオで音楽に合わせ語ることが多いからだろうか。おそらくは無意識になのかもしれないが、その音に乗せ、キャラの色が濃くなっていくのがとても良い。

この日は近藤芳正さんお薦めという餃子屋「とん」で夕食。
餃子のボリュームにびびる。そして旨い。
仕事の合間に店主のおっちゃんがビールを煽っているのだが、私たちがその様子を眺めていると、気管に詰まったのか、突然、ブーッ!!と派手にビールを吐きだして仰天した。
花れんちゃんが思わず「ああっ!!」と驚嘆の声を上げる。
そのあまりの吐きっぷりに、そして花れんちゃんの声に、皆しばらく笑いが止まらなかった。
おっちゃんの、いつもかぶっているのであろう帽子には、「BAD BOY」と書いてある。
そのバッドぶりに、釘付けだった。

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9月10日 立ち稽古、後半。

先日の段取り稽古で、時間が足らずかなり曖昧だった芝居の後半部分を細かく返していく。
この頃から、一人の女優に目が離せなくなる。
その女優とは、普段は主婦であり、今回で二度目の舞台なのだとか。
言葉遣いがいつも丁寧で、品があり、日高のり子似のカワイイ奥様という風情。
経験が少ないので、と物腰で語るように、いつも謙虚に、控えめに立っている。
…のだが、いざ芝居となると、何が飛び出すかわからない。
とんでもなく恐ろしげな大声で叫んでいたかと思えば、声優さんのようにカワイイ声でお茶目な演技をしたり、またその直後、恐ろしい声に変わったりと、めまぐるしくキャラが変わりまくる。
そしてふと見ると、台本に向かい、まるで「無」の顔になってたりする。
わけがわからない。が、シュールすぎて目が離せない。

「○○さんには優しい物腰で接して、○○さんには身内感覚のがさつな感じで接してみて」
と提案したところ、片方にはプリンセスのような笑顔で対応、もう片方には般若のような表情と物々しい声で対応、とジキルとハイドのような二重人格のようになってしまい、登場人物が増えると次第に混乱してきて、優しい対応をすべき人に般若の顔を向けたりしている。
「そ、そこまでは変えなくて良いです」と慌てて訂正した。
が、彼女からすれば、私の演出に誠心誠意応えようとしてやっていることなのだとよくわかる。
わからないことはわからないと聞きに来て、どんな細かい疑問もおざなりにしない。
私の言ったダメ出しを、毎日しっかり持ち帰り、彼女なりに消化して稽古場に立っている。
それは必ずしも毎回正しい解釈になっているとは限らないが、やっている最中の彼女は、必死に、勇気を持って冒険しており、私はまずその姿勢に胸を打たれてしまい、同時に面白くてたまらない。

桑原さんはなぜ笑うのか?…ともしかして彼女は不快になっていないだろうかと逆に心配になったりしてしまうのだが、その笑いが止まらないのは、私自身、そうした彼女の女優魂が大好きだからで、嬉しくなってしまうからだと思う。
彼女の勇気と冒険に煽られるように、皆の表情もほぐれていく。
なまじ格好つけて自然な芝居をしたがる役者より、時にとんでもない誤解をしたりもしながら、懸命に立っている彼女の方が、ずっと魅力的だと思う。
私も役者としてこの姿勢をずっと忘れずにいたい、と彼女に教わっていた。

また他の役者たちもめきめき力を上げていく。
台本を持つ、という様式を逆手に取り、その台本をどう使いこなせるかで遊ぶ役者。
なるほど、そうも遊べるな…と感心してしまう。
1シーンのみ登場するともえ役の女優は、そのシーンに注ぐ熱量と集中力が素晴らしく、グッと引き寄せられる。その妹である茜役の女優も、その勢いに押されることなく、返し稽古をする度に目に力が宿っていく。

ここまで来て、皆の、芝居を習得していくペースの早さを改めて思い知る。
「一週間しか時間がない」というのは、難題でもあるが、同時に役者のポテンシャルをその竜巻のような勢いでより引き上げるのかも知れない。
ホテルに戻って、毎日原や成清と話し合う。
KAKUTAでもこんな風にありたいねと。

北九州「甘い丘」演出日記・6

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9月11日 通し稽古
 
信じられないことに、今日はもう通し稽古なのである。
更に信じられないことに、明日は初日なのである。
考えると怖くなるのでその日一日にひたすら集中しようと努めてきたが、ここまで来るとさすがに本番が迫っていることを意識せずにはおれない。
しかし、当然その日はやって来る。

照明プランがほぼ確定し、花れんちゃんの歌も細部まで決まってきた。効果音などの音響にいたっては、既に完璧に近くなっている。
とにかくビバ!!スタッフさん、という感じである。
照明は美しく、音響は文句のつけようがない。
そして花れんちゃんの歌は、心地よく耳に残る。
舞カンさんも、演出部の皆さんも、なんと頼れる人たちだろう。
本当は夕方一回の通しでもいい、ということなのだが、半端に抜き稽古をするよりも、とにかく通したいという想いが強く、昼夜二度の通しを希望。
初日の本読みから、まだ全場を通したことはなかったので、強行スケジュールでお願いすることにした。

一回目。昼通し。
当然と言うべきか、予想通りというか、序盤は皆ガチガチに緊張している。
そのため、稽古でうまくいっていたテンポの良い台詞も、ところどころに間が空き、ペースが崩れる。
これは仕方ないと思う。むしろ、必要な課程だとも思う。
役者自身が、気持ちいいテンポと、気持ち悪いテンポ、そのどちらも知ることが大事なんだと思う。
茶碗蒸しに出来る「す」のように、時々スカッとした間が空いてしまうとき。
アア気持ち悪いな、と思うことで、自分なりの埋め方を考えていくようになるのだと思う。
最初から完璧を求めるコトはないんだと感じる。

稽古途中、二日ほど劇場を離れていた能祖さんが通しを見ている。
これが私には、緊張する。
能祖さんは芝居を観ているとき、まっこつ怖い顔をしている。
面白いのか?つまらないのか?わからない。いや、むしろ「きっとつまらないと思っているのだ」とすら、思ってしまうしかめっ面なのだ。

それで私は「転校生」のオーディション時を思い出した。あの時も確か、こんな怖い顔をしてみていて、「なんて怖いおじさんだろう」と震撼したものだった。
が、ある時、私はそんなしかめ面の能祖さんの前で失敗してしまった。
忘れもしない、オリザさんの「阿房列車」の台詞をかけあいしていたときだ。相手役は、現KAKUTA演助のタムちゃんである。
台詞を喋りながら意識を分散させるという稽古で、私はわざと足をブラブラさせたり、手を動かしたりしながら長い台詞を言っていた。
だが、意識の分散は足や手どころじゃない、目の端に写るオリザさんや奥で怖い顔をしている能祖さんにも分散しまくっており、ついに私はテンパッた挙げ句、舌を噛んで、台詞をロレりまくってしまった。
「すいません」と謝った直後、周囲からどっと笑いが来た。
その時、あの怖い顔だった能祖さんが大きく相好をくずし、座っている椅子をぐるりと回転しながら、手を叩いて大笑いしたのだ。
あの時の能祖さんの笑いが、どれほど私の緊張を解いたか、ご本人は知るよしもあるまい。
ともかく、その日から、「怖いおじさま」という印象は消え去った。「怖い顔だけど優しいおじさま」である。
そして、その目はやぶにらみでなく、しっかりその場に起きている芝居を、愛を持って見つめていてくれたのだとも知る。
だから今回の通し稽古だって、きっとそうして観てくれているはずなのだ。
わかっている。わかっているけど…。
ああやっぱり、能祖さんてば、怖い顔なんだから…!

前半ギクシャクしたものの、後半は持ちかえし、一回目の通しは終了。
特に後半は、グッと惹きつけるものがあった。
能祖さんは、怖い顔のまま、「非常に完成度が高く上がってますよ」と言ってくれるのだが、怖い顔なので相変わらずビクビクして聞いてしまう。だが、いくつか気になるダメ出しなどを的確に出してくれ、それをふまえてダメ出しをし、夜の通しを行った。

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シンガーソングライター・花れんちゃん。
同い年。美しく、カワイイが、実は筋肉もりもりだったりもする。

夜、二度目の通し。
昼間の通しで間の悪さを感じたのか、今度はテンポが良すぎるくらいに良い。
ちょっと早くて落ち着かない箇所もあるが、昼に比べ、シーン運びが抜群に良くなっているので、この間を目指せばいいのだと思った。然治幹治は、ハイテンポの方が絶対に面白い。この兄弟にしかないテンポ感が出ると、グッと場が盛り上がる。

明るい雰囲気でのダメ出し。KAKUTAでもそうだけど、いい通しをしたあとと、そうでない時は、皆の前に向き合った時点で既に空気が違うものだ。皆疲れていたけれど、今日は皆いい顔をしている。
なんと昼と夜の通しではタイムが7分も違った。夜の通しは皆駆け足だったのだろう。
後半のシーンも、早くなった。
昼の通しでややウェットになりすぎていた感があったねと伝えたところ、今度はあっさりしすぎてしまった。終盤のシーンはやはり、そんなに気にせず、心を込めていきましょうと確認し合う。

それにしても、日に日にかの子と虎杖の関係が深まり、胸を掴むシーンになっていく。
虎杖の木訥で真っ直ぐな想いに胸を打たれ、また、かの子の心の揺らぎが、稽古を追うごとに大きく、豊かな波紋を拡げるようになった。
自分の描いたモノにもかかわらず、密かに涙ぐんでしまう。
また、鳶音が良い。冬のシーンで、鳶音が背負う、孤独でシンとした時間。短いシーンだが、とても印象深く残る。

ダメ出しが終わり、稽古場をばらす。ついこないだ稽古場入りしたばかりなのに…というのは、体感時間としての感想ではなく、物理的な日の短さ。
ここでキャストたちは、私が演出する劇場稽古が終わっても皆で自主練習をし、また、朝も私より早く稽古場に来て、合わせ稽古をしていた。
稽古は13時~20時が基本だったが、皆は10時~22時とかで稽古をしていたのだ。
どれほど疲れているだろう。
だけど誰も、その疲労を顔に出している人はいない。

2009年09月19日

北九州「甘い丘」演出日記・7

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9月12日 
北九州芸術劇場リーディングセッション「甘い丘」、初日。

いよいよ、と自らを煽る余裕もないほどのあっという間で、初日が来てしまった。
昼にゲネプロ。夜に本番。稽古初日は5日前。なんだか早すぎて私が追いつけないが、キャストのみんなはもはや初日を迎える役者の顔になっている。
昨日の反省をふまえ、再び4場は重厚でしっとりとした良いシーンになっていた。
ラストシーンは、全てを吹き飛ばす女たちの明るい笑い声が必要だ。
そこには気構えだけでなく、物理的な声量や、迫力が必要になる。
女たちの「引き上げる力」。
この作品の、一番大事な部分だ。
もう一歩、あと一歩、力が欲しい。

本番。
楽屋のモニターに、客席が映し出される。
お客さんが入場する様子が写っているのをイッチーはジッと観ている。
イッチーは自分の芝居の時も、ここでモニターをチェックし、お客さんがスムーズに入れているか、何か問題は起こっていないかなどを、観ているらしい。
偉いなあ、と思うのだが、私はなかなかどうしてモニターを見ることが出来ない。
何だったらチャンネル変えてクレよ、とまで思ってしまう。
だって、緊張するじゃない!!
実際、モニタどころか、客席でお客さんと一緒に芝居を観るのも苦手だ。緊張で倒れそうになる。
それは端的に言って、慣れてないからだ。
なぜなら、私は自分も出演するので、本来はその時間、袖にいて皆と一緒に出番を控えているからである。
袖にいれば、もし舞台上で何かあっても、一緒に助け合える。
だけど客席に出てしまえば、舞台で何があっても、ひたすら祈るしかない。
その緊張はもしかすると、袖にいるときよりも大きいかも知れない。いや、また違う種類の緊張なのかも知れない。
というわけで、開演ギリギリになって客席へ。
お客さんはほぼ満席。斜め前に東京から来た私のマネージャーさんを見つける。

19時05分。開演。
昨日の初通し同様、皆緊張している。客席の私も緊張し、手に汗がジットリと溢れる。
小さなミスも細々とある。しかしもう、ここまでくると、間違えたことに後悔するより、取り戻すことに集中するしかない。そして、本番を乗り越えるのは役者個人の勇気と頑張りでしかない。
大丈夫、大丈夫、慌てるな、そこだいけ!…などと、監督のような気分になり、気がつくと自分もキャストの台詞を口の中で動かしている。
序盤は鳶音やみねがリードしていく。みねは最初のインパクトが大事なので、格好良く決まるとキャラがクリアに見えてくる。彼女の、美保純のようなやや酒枯れしたようなハスキーボイスが大好きなのだが、それが遠慮なく立つと、このシーンは抜群に面白くなる。
然治幹治が登場と同時に笑いを誘っている。この組み合わせは心底奇跡である。体型が似ているのもあるが、味わいがそれぞれに違い、キャラ分けがハッキリされているのも良いところだ。
冒頭でどれだけぶれても、中盤、一番の盛り上がりである3場になると、皆繰り返し稽古をしてきた自信もあるのか、まとまってくる。やはりこれは茜やともえの力もあるのだろう。そして虎杖の迫力ある叫びが、舞台を締める。

終盤、気がつくと激しく鼻をすする声が聞こえる。ふと目をやると、マネージャーがボロ泣きしていた。
東京からここまで来てくれた彼女の愛情と、そのすすり泣きを愛しく思う。
ラストシーン。求めていた強さが出たと感じた。女たちの逞しさとかわいらしさが溢れていて、嬉しかった。

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(甘い丘男性キャスト陣。なりの両サイドにいるのが噂の然治と幹治)

終演後アフタートーク。
能祖さんと花れんちゃんとキャストたち。
鳶音役の寺田君が、私の演出は早口で、落語のようだという。やっぱり早口なのか、そうなのか。
良い役者だなあ、という以外、所属する劇団などはそこまで意識していなかったけれど、考えてみれば彼は飛ぶ劇場の俳優さんなのであった。飛ぶ劇場の泊さんは、私が利賀の演劇フェスに行ったときに一度、お会いしたことがある。私たちの芝居を観て、批評してくれたのだ。
どっかの老舗劇団のおじさんにぼろくそ言われた私たちに対し、泊さんは温かく、かつ的確なコメントをくれたので、「なんていい人だ」と、「こんないい人の作る芝居は面白いに違いない」と、真に利己的ではあるがそのように記憶し、お顔も良く覚えている。
寺田君はその飛ぶ劇場の看板俳優なのだそう。
これだけ良い俳優がいる劇団、もっと早く観に行けば良かったと思う。

この日の公演にはシアタートラムの矢作さんも観に来てくれた。はるばる、東京から。
マネージャーに、能祖さんと矢作さん、今日は客席に二人もバラちゃんのお父さんがいたんだねえ、といわれて、本当にそうだと思った。
矢作さんにトラムで鍛えられ、育てられ、「甘い丘」が出来た。今やトラムはKAKUTAのホームグラウンドとさせて頂いてる。
このリーディングで学んだことを、形にし、また矢作さんに観てもらいたい。と強く思った。

初日を終え、皆晴れ晴れとした、明るいムードではあるが、成清にはきついダメ出しをしてしまう。
ナリ自身、よくわかっていることなのだと思うが、どうしても話しておきたかった。
こればかりは、明らかに劇団員向けの、ダメ出しだ。長く一緒にやってきたからこそ、そしてこれからもやっていくからこそ、厳しくなる。
いつもはホテルに戻ると部屋に遊びに来てひとしきりお喋りするのだが、この日ばかりは早々に部屋に戻り、ナリは遅くまで台本を読んでいたようである。

2009年09月20日

北九州「甘い丘」演出日記・8

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9月13日、千秋楽。
初日の翌日に千秋楽。この早さ、初期のKAKUTAを思い出す。
もっともっとやりたい、と思わずにいられない。ようやく俳優陣も、自分たちのペースを掴み、役の掘り下げも増しているだけに、今日でお終いというのが、勿体なくて仕方ない。
正直なところ、これまでの通し稽古と比べれば、昨日の初日はやや固かったのは否めない。
しかし、みんなそれをわかっている。次にどうすればいいのか、役者たちは自覚している。
だからこそ、もっとやりたい。もっともっと良くなっていくのがわかる。

そんな野心というのか創作意欲というのかが、ここに来てまだぐつぐつ沸き上がっていくのと同時に、言いようのない寂しさが、ずっと胸の中を流れている。
今日でこの北九州に来てちょうど一週間。原が彫刻刀でX線を引っかかった日から、まだたったの一週間なんて、とても信じられない。
この一週間という驚異的な短さと、そこにある濃度は、KAKUTAの一週間ワークショップでも感じることだけれど、KAKUTAの場合、終わってもまたすぐにあえるという安心感が、どこかにある。
皆東京にいて、また芝居の時は観に来てもらったり、観に行ったり、機会があれば芝居も出来る。
だけど、北九州というこの地には、機会がなければ早々訪れることは出来ない。つまり、キャストスタッフ花れんちゃん含め、このメンバー全員で芝居をすることはおそらく不可能だし、二度と会えない人だっているかも知れないのだ。
そう思うと、寂しいなあ、と口に出さずにいられない。

本番。
客席は満員御礼。補助席まで出ている。最近小劇場界は不況で、空席で胸を痛める日が続いていたので、この現象に素直に胸が躍り、有り難く感じる。
昨日と今日との2ステージ、どちらも観に来てくれた友人がいる。昔KAKUTAで音響をしてくれてた仲間だ。10年前に劇団員だった彼が、今こうして小倉の劇場で私の芝居を観てくれている。そのつながり、出会い、これもまた本当に有り難い。

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(女優陣。美人揃い。私はつくづく面食いだ)

14:05分、開演。
冒頭、ギクシャクしてしまった昨日より、ずっといい。皆で呼吸を合わせて、一つのボールを落とさないよう、大事に回している感じがする。
大葉役の女優は、リーディングセッションに参加するのが初めてだそうで、今回の稽古では随分と苦戦していたように思う。
まっすぐ響く良い声と存在感を持っているのに、脚本に対して、現場に対して、様式に対してと、様々な戸惑いが内側にあり、そこへ緊張が加わって、その力を十分に発揮できずにいた。そのことに対し焦燥感を抱いているのは誰より本人で、だからこそ何とかせねばとまた焦り、焦ればミスをし、そうして自信を失うという悪循環に陥ることも多かったと思う。
だが今日の彼女は違った。今日こそは、自分を信じて思い切りやろう、としているのが見えた。しっかりした声で、工場のお山の大将である大葉を演じ、場の空気を作っていく。
私はなんだか胸がいっぱいになった。今日も私は客席で、固く拳を握りながら同じく緊張してみていたが、その逞しさに、拳はガッツポーズへ繋がっていくようだった。

そして手前味噌だが、語りを務める原は、この稽古中、ずっと素晴らしい芝居をしていると思う。
やはり、朗読公演でずっと語りをやって来ただけあるし、私は常に誇らしい思いだった。

昨日あれだけ悩んでかえったナリは、本人はどれほど意識しているかわからないが、大きく変化していた。ぶっちゃけ、ダメ出ししたいことはまだまだあったけれど、確実に変化していた。
それは私の演出でどうなることではなく、役者のナリ自身がつかみ取ったもので、だからその宝はずっと消えることなくなりの中に残るのだろうと思う。

後半、冬のシーン、どのキャストも皆、心を込めたいい芝居をしていた。キャスト最年少である有明役の俳優は、まだ驚愕の未成年。だが、一人の俳優として、自分の担うシーンを丁寧に、演じている。
そう思うと、なんと皆の成長を目の当たりにした一週間だろう。
私は、演出家として、また同じ役者として、皆を本当に、カッコイイと思った。
私もその舞台に立ちたい。

ラスト、カーテンコール。
花れんちゃんの歌が伸びやかに。
いつも、通し稽古の最中から花れんちゃんはラストシーンを見ると泣いてしまうのだと言い、涙でラストの曲が旨く歌えないと悔しがっていた。しかしこの日の歌声は素晴らしく透き通り、同時に伸びやかで力強く、今までで一番素晴らしかった。実は私はこの日、もう隠すこともやめて後半からボロボロ泣いていたのだが、花れんちゃんの声に、表情に、また涙腺が緩む。
こんなの普段は恥ずかしくて絶対に嫌なのだが、もう今日はいいやと思ってしまう。

そして。そんな歌声に誘われるように、ラスト、かの子がやってくる。
キャスト全員の顔を見つめながら、工場に再び訪れるかの子を演じるにじは、必死に泣くのを堪えていた。グッと力を込めて堪えているのにも関わらず、涙がこぼれているのが、客席に背中を向けているにもかかわらず、よくわかる。こぼれる涙に自分でも戸惑いながら、泣いてしまったことを悔しがりながら、またグイと顎を引き上げ、皆の顔を見る。
その逞しさ、いたいけさ。かの子そのものに思えた。
大げさかも知れないが、私は遊民社の最終公演「ゼンダ城の虜」で、ラストシーン円城寺さんが声を震わせながら最後の台詞「少年は動かない。世界ばかりが沈んでいくのだ」と言った瞬間を思い出していた。
そこにある、万感の思い。

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終演後、舞台袖ですれ違った数人の役者に挨拶をし、原や成清とも抱き合い、楽屋に戻ると、花れんちゃんとイッチーが待っていた。
私も泣いていたが、二人とも泣いていた。三人でこっそり泣いた。
「本当にこの仕事、愉しかったです」とイッチーがメガネを取り、涙をぬぐいながら言ってくれた。
そうだ、仕事なのだ。
そのことすらも、忘れていた。
こんな仕事が出来ることを、心から幸せに思った。

北九州「甘い丘」演出日記・ラスト

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千秋楽の夕方に撮ったホテルの前の空。
忘れられぬ、美しい夕暮れ。

こうして怒濤のような強行スケジュールのリーディング公演は幕を閉じた。
打ち上げは美味しい地鶏のお店。
地鶏鍋に舌鼓を打ちつつ、最後は能祖さんの進行で、一人一人がひとことメッセージを残した。
私の大分から観に来てくれた友人から、スタッフさんに至るまで。全員。
M男だというスタッフさんを女優たちでビンタしたり、劇団のような盛り上がり。
というかまさにここは、能祖さんが主宰を務める、北九州芸術劇団、なのだと思った。
最後に私の挨拶になった。
短く喋って終わろうと思っていたにもかかわらず、本当に、本当に悔しいのだが、ここでも泣いてしまう。
私はこれでも、泣きたがりではない。
みんなが泣いているのを、ゲラゲラ笑ってみていたい。
…のだが、恐ろしげな声で喋ってみたり、気取って喋ってみようとしても、涙が出てきてしまい、なにこれ?円を辞めた時みたい!と20歳の思い出まで蘇る始末。
恥ずかしくて、大急ぎでお酒をあおった。

能祖さんが教えてくれた。
この企画で私を迎えることを薦めてくれたのは、能祖さんではなく、あの、最初に、若くてカワイイ方だなあと思っていた野林さんなのだよ、と。
だから俺はホントに嬉しかったんだ、と能祖さんが言ってくれた。
それを聞き、私も本当に嬉しかった。
ここに来るまで、なぜ私が呼ばれたんだろう?と何度も思ったし、能祖さんの親心に感謝しつつ、私にまだそこまでの力がないのにご贔屓で迎えてもらったんじゃないかと怯えてもいた。
だから、同世代の彼女が、私を薦めてくれたと言うこと、そしてこれだけ素晴らしい体験をさせてくれたことに、心から有り難く思った。

しかし、これで本当にお別れではイヤだとも、同時に強く思った。
だからこそ、今度はKAKUTA全員で行きたいと思う。
そして、KAKUTAの仲間たちに、この劇場を「体験」して欲しいと思う。

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翌日は短い時間だが、なりとふきとで門司港へ行った。

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門司港で食べた懐石はまあ美味しく、町も面白く、それを持ってしても、もっとここにいたくなったけれど、まだ心は劇場の中にある気がしてならない。
きっとナリも、扶貴子も、そうである。

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でも、同時に、早く帰ってまた「甘い丘」をやりたい、という気持ちにもなっていた。
いつもだと、ひたすら完全燃焼…とふぬけになることも多いのだが、今回は不思議と、追い風が吹いているように、やる気がわき上がっている。
その風は、北九州の俳優たちが送ってくれている物なのだろうと、感じる。

彼らにもKAKUTAを観て欲しい、絶対面白くしてみせる、という、強い風が、吹いている。

2009年09月22日

わたしのほしいもの

9R「甘い丘」から帰ってきて、すぐさまKAKUTA版の戯曲修正に入るつもりだったが、台本を眺める度「でもやってみなきゃわかんないしナア」という感覚に囚われ、さっきからページが進まない。

北九州で初日を終えた後、ホテルでDVDの初演を観た。
KAKUTA版はやはりテンポが非常に速く、ここまで早いのか!と自分で演出したクセに笑ってしまう。
北九州が8ビートなら、KAKUTAは16ビートだ。
やはり16ビートの持つ勢いが必要な箇所は、確かにある。
が、台本をガシガシと削り、その分テンポを少し下げ、8ビートにして良かった部分もある。
そう考えると、9R版ほどではないにしろ、初演版から台本をカットしてみようという気になった。

…とはいえ、結局台本に向かうと「でもやってみなきゃわからんなあ」に陥る。
結局明日から再開される稽古では、ほぼ初演版と変わらないモノを持っていくことになりそうだ。

そうして台本に行き詰まるたび、また悪い癖が現れ始める。
ネットで欲しいものを探す旅。

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シムズ3
PCゲームなので家庭用ゲーム機ではPS2のシムズ止まり。
DSで出てる奴はシムズであって私のやりたいシムズではない。
もう3が出たのか…とため息。

だからこれを遊ぶためだけに、
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シムズ3推奨PCも欲しい。アア、欲しい。。。
マジでローン組もうかな…。(非現実的な夢)

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桐野夏生 対談集『発火点』
こちらは既にアマゾンで購入してしまった。
ホントは『メタボラ』を買う予定だったが、先にこちらへ手を伸ばしてしまう。

ホントはこれも欲しかった。

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トレイシー・ローズ 『トレイシー・ローズ 15歳の少女が、いかにして一夜のうちにポルノスターになったのか? 』

長いこと読みたいなあと思ってアマゾンのカートに入れているにもかかわらず、毎回2100円という高さに断念。トレイシー・ローズって『クライベイビー』に出てたときから好きだったんだ。彼女のポルノも観たいわ。

そして遅ればせながらブラックアイドピーズの新譜が欲しい。
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ブラックアイドピーズは上記のシムズシリーズ「ザ・アーブズ・シムズ・イン・ザ・シティ」で音楽を担当していて、好きになった。
アーブズ~のHPに行くと、ブラックアイドピーズがシム語で歌っているゲームオリジナルサントラがBGMで聞けます。すごいカッコイイです。こちらよ。
右下のステレオアイコンをクリックすれば、何曲も聴けるので、普通に仕事中のBGMとして楽しめちゃう。
映画『マダガスカル2』ではウィルアイアムが音楽を担当して、声の出演もしている。
やはり、音楽が良い!ドリームワークス系列では一番好きなCGアニメ映画。

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来日コンサート、行きたかったな。
ライブに行き慣れていないんで、こういう情報はいつも、まんまと、見逃します。
誰か誘ってくれる友だちがいないもんか。

そして物欲は暴走していく。
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ホリスターのジャケット欲しい。

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アメリカンイーグルのダウンベストも欲しい。
寒い季節になると、落ち着いた色の服を好むもんで、町のショウウィンドウは既に茶やグレーで彩られているけれど、私は今年「バカ色」がテーマなので、冬でもピンクとか水色とか蛍光とかが着たい。

欲しいものを買うには、それだけ働かねばならないでしょ。
わかってるんですよ。
だからね、もうこんなリストなど書いてる場合じゃなく、仕事に戻るんですよ。

2009年09月24日

KAKUTA「甘い丘」演出日記1

…と銘打って、KAKUTA版も演出日記を書いてみようかという気もするが、いくつかの理由がありおそらく序盤で頓挫するであろうと予測できる。

1/役者が凹む
その日の稽古をこんなとこ出振り返られてたらいやだろうね。
2/私が追っつかない
KAKUTAじゃ私も出るわけで、そのうち自分の役のことも考えると手一杯になる。
3/仕事が一杯
これが一番の理由。そんな暇があったら…という、声が聞こえる。

なので、三日坊主的に。

9月某日。(つうか今日)
久々にKAKUTA稽古が再開。再開初日というのに、体が異様に重く、だるい。
PMSのせいもあるが、風邪かも知れない。というのは本読み中、ヤケに咳が止まらずそう思ったことで。
電車に乗っているときから手がじんじんと熱く、瞼がどろんと重かった。気をつけよう。

北九州から帰っての本読み。
9Rの時の印象と比べながら聞いてしまうかと思ったが、台本直しのため初演のDVDも観ていたのでさほど引きずられてはおらず。それに、やっぱりKAKUTA版はまた全然違うもんである。
9月はじめの本読みで話したことを皆気にしながら読んでいるので、また面白くなっていた。
椿さんの弱々しい喋りが面白い。コミカルなシーンも、マジであればあるほど面白い。
ここは変に受けなど狙わずやってもらった方が良いと再確認。
むしろ、本を読みながら既に鼻を垂らして泣いている椿さんの真面目さが、役を引き立たせている。
三谷サトッコは、意識的に女っぷりを上げて読んでいるが、それが上滑っている感じがむしろ面白い。
「実際、アタシもこんな声出すの、つかれんのヨ」とでも言ってるかのようで、その荒んだ感じがはまっている。
なんとなくだが皆初演の音を憶えているだけに、それがキャラ作りをしやすくさせてる面もあれば、逆に大事な台詞を流してしまうこともある。
既に確立したキャラを初演で作った女子たちは、しかし初演は見逃していた台詞などにも注目してもらいたい。意外と、流して言っていた台詞に面白味が隠れていたりする。奈央子の役なんかは、特にそうだと思う。まだまだ遊びがいがある。
とか何とか冷静に書きつつ、私は私で自分の役に試行錯誤した。
単に音だけを追っていないか、自問しながら読んだ。しかし相手役が素晴らしく遊び心に満ちているので、一緒にまた新しい場所へ行けそうな気がする。

稽古の前、中村うさぎの「私という病」を読む。

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デリヘルへ行った著者の体験記…かと思ったら、体験談は序盤だけで、後はなぜ著者がこのような冒険に繰り出そうと思ったか、ということについて内的に探求している様子を切々と綴ってある。
なるほど、それで「私という病」なのか。
正直、47歳でデリヘルをしてみようと思った著者の、実際に体験して感じたこと、その質感や匂いも含め、生々しいルポをもう少し読みたかったという感じはある。
デリヘルとはいかような場所なのか。どんな人がいるのか。それを、急に飛び込んでいった著者の目で語って欲しかった。
彼女ならではの見え方があると思うからだ。

が、女として求められたい、その渇望、同時に抱える男への嫌悪感、恐怖。そうした内なる叫びはデリヘル体験以上に生々しく、血みどろに描かれてある。
そこへ私は、心底恐ろしく震撼したり、同時に激しく共感したりもした。
私から見れば大冒険であるそのことに挑んだ著者の心情は、意外にも遠い場所にはなく、肩を抱き、その気持ちわかるう!などと手を取り、共に生理の血の海にバチャンと浸かるような気分にさせられる。
年は全然違うのだが、女の共鳴なのかもしれぬ。

デリヘルへ行くことにした彼女の心情のなかで、とても好きな一行があった。
「欲望のためでもなく、金のためでもなく、世にも阿呆な女の意地のために」
そう、そうなのだなあ、と、素直に納得する。
世にも阿呆な女の意地。良い言葉だと思った。

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