2007年06月29日

第10回★田村友佳

KAKUTAの朗読公演といえば、開場したときからキャストが舞台上で本を読んでいるというのが定番の始まり方なのですが、この本を巡って実は小さな小さな戦いが毎日繰り広げられています。

開場から開演までの時間は約20分間。
小学生のときの「図書」の授業のようなその時間はキャストたちにとって少しばかりの至福のときだったりもします。
毎日「今日はなにを読もうかな~?」と言っては、本がたまっている場所に集まり、数冊の本をぺらぺらめくっては「今日の本」を選定しているわけです。

時たま、読みたかった本などに遭遇してしまうと、夢中もいいところ、開演してからも明日続きを読むために、密かに他のキャストに見つからない場所に本を隠したりと色々試行錯誤しているのですが、終演後の片づけで必ず誰かに見つけられ、本の束に重ねられてしまうらしく、次の日になると誰かひとりは、
「○○の本、見なかった?」と聞いて回っている日々。

「平田オリザさんの本見た?」
「野田秀樹の本読んだ?」
「超能力の本探さなきゃ。」
と、開場直前の劇場内は借り物競争のように、キャストが本を探す日々。
わざわざ、劇場内にディスプレイしてある本ととりかえてまで、読みたい本を漁っている始末。

普段、本公演では「本を読む時間もない」とこぼしている日々を思うと、キャスト全員が同じ時間に本に集中するというのは、朗読公演ならではの醍醐味であり、本というものが持つ魅力を再確認することができる大切なセレモニーの一つだと実感するのです。
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【★私が神に遭遇した日★】

20代前半の頃、一年間留学していたことがある。
旅立つ直前、ある友人が『日本の思い出づくり』と称して鎌倉に連れて行ってくれた。
鎌倉自体にさして興味もなかったが、こんな機会もなければ行くこともないだろうと思い、快く誘いに乗った。

その日は快晴で、抜けるほど真っ青な空が印象的だった。
有名どころをぐるりと回り、奮発して会席料理などを食し、午後は散歩代わりに『源頼朝像』を見に行った。

広い公園の中央に像をみつけ、なんとなく2人でボヤっとみつめていたら、少しお年を召した男性に声をかけられた。
「近所から散歩に来ている」というとても感じのよい彼は、頼朝の話や、鎌倉の話を、ぽつりぽつりと丁寧にゆっくり語ってくれた。
旅先などで、知らない人と仲良くなったりするのが大好きな私は、そのままなんとな
く会話をつづけ、その公園の外まで一緒に歩くことにした。

しばらく歩き、小高い丘に出たところで彼はふと立ち止まり、
「目に見えないものを信じられるかい?」
と聞いてきた。
 
突然なんのことだろう?と思いながらも何故だかこの話はとても大事なことだという確信がわいて出て、とても素直に「はい。信じます。」と答えた。
彼はふふと笑い、掌を私のほうに差し出し、「見ててご覧」といって手首をほんのちょっとひねった。
すると先ほどまでどちらかといえば白っぽかった掌が、同じものと思えぬほど真っ赤になり、手のふちが金色に神々しく光りはじめた。

「こういう話はしないようにしていたんだけどね。」
といいながら、どんどん光を増していく掌を私に差し出す。
「こんなにすごいオーラを見たのは久しぶりで震えちゃってね。それで思わず話しかけてしまったんだよ。」
引き寄せられるように、なんとなく、彼の光る手を両手で包みながら私は聞いた。
「それは、私のことですか?」
吸い込まれるような優しい顔で彼はゆっくりと頷いた。
「きっと今はわからないと思うけどね、君は1から5を知ってしまう人だから、2、3、4を知る努力をしなさい。分からない間は聞く努力をしなさい。他の人が5に来るまで待つことはとても大切なんだよ。」
「5ですか?」
「そう。」
彼はまた、ふふ、と笑いゆっくりと空を見上げた。
「旅にでるのはそのためなんだから。嫌になることはない。」
その日、彼には留学にいくことは言ってなかったし、留学する理由が今の状況全てが嫌になったとは勿論告げていなかった。
突然、ぼろぼろと涙が出てきた。
なんで涙が出てきたのかわからない。ただぼろぼろと流れ続けて止まらない。

しばらくそうやって黙って泣いていた。友人もとなりでぼんやりとしている。

「もう、お会いできないんですね。」
随分落ち着いたころ、私は小さな声で言った。
今日会ったばかりだし、逢う約束もしてないし、そんなことは分かっていたけれど、それより何よりもう二度とお会いできないことだけが確信に満ちていて思わずその言葉が口から突いて出た。
「ああ。」
「あの、その・・・ありがとうございました。」
「こちらこそ、ありがとう。」

それから先は言葉が続かなかった。
殆ど言葉は発しなかったが今までで一番濃厚な会話をした気分だった。
彼はゆっくり空から目線を落とし、歩き始めた。
私はまだ歩き出すことが出来ず、しばらくたったまま、彼の姿を見送った。

5分くらい友人と二人でそこに立ち尽くし、彼が去っていったほうにゆっくり歩き出
した。
帰りは一本道で、足を引きずっていた彼だったから追いつくかもしれないと思ったが、やはりそこに姿はなかった。
公園から出て空を見上げると見たことがない鳥が一羽、頭の上を飛んでいった。
なんとなく彼を思い、もう一度心の中でお礼を言った。

とても大切な誰かに出会えた不思議な一日だった。