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吐露始め 2009/04/23 木曜日

陽だまりの猫/8

ところで夕べのスーは、大人しかった。
部屋の端の布団から動こうとせず、丸まって眠っていた。私が腹の臭いを嗅がせてもらいにいくと、受け入れて顔をべろべろと舐めてくれるけど(スーは犬のように人を舐める、変わった猫である)、いつものように自分から甘えてくることはしなかった。
夜、友人の扶貴子とみほがシーに会いにやって来た。
私にとって姉妹がわりである二人は、姪っ子の死を偲び通夜にやってきた叔母たちのようである。
二人とも言葉少なにシーの前に座り、泣きながらゆっくりと優しく、シーをなで続けた。
そんな時はスーも布団から出てきて、二人へ近寄り、挨拶をする。
さながら弔問客を迎える親族のようだと思った。
美穂に近づき、扶貴子に近づき、最後にシーのにおいをかいで、また布団に戻っていった。
そんな時以外はあまり動こうとせず眠ってばかりいたので、私はスーまで具合が悪くなったかと心配した。
でも、今になって思えば、シーに遠慮していたのだろうと思う。
もしかすれば、スーなりに喪に服していたのではないか。
その証拠に、シーの姿が部屋から消えると、いつもどおり部屋の真ん中で寝るようになったし、昨日は抱こうとしてもなぜか嫌がったのに、今日は枕元で私の顔を長いこと舐めた。
今朝、シーを埋葬しに行こうとしたとき、出がけにスーへシーの体を近づけてみると、少しの間、顔を近づけて臭いを嗅ぎ、あとは扉が閉まるまで玄関先に座り、まっすぐ私たちを見ていた。
シーが部屋から去る瞬間は、スーに見送られたのだった。
ふたりが過ごしたこの部屋。ふたりで留守番したこの部屋。

***

ひとしきり書いて、今はシーが去って二日目の夜である。
そろそろ書くことがなくなってきた。
いや、本当はまだまだ書くことがあるけれど、書かずとも普通でいられるようになってきたというのが正しい。
シーを埋めてから、やはりなぜか涙は枯れた。
しかし本当に枯れたのだろうか。どこかに何かを、しまいこんでしまったのではないか。
いつかそれが、また津波のように防波堤を崩してなだれこんでくるような気がして、それが怖い。
いつ私は、本当のことを実感として自覚するのだろう。

冒頭に書いた「陽だまりの猫」について立ち返ってみる。
あのいなくなった猫は、物語の終盤に無事見つかったという連絡が来て、私演じる女の子はその場を去るのをやめる。
横断歩道の真ん中で丸くなり、ひなたぼっこをしているのが見つかったのだという。
何とも間抜けな話だけれど、女の子は少し、不安になる。
猫はどうしたかったのか。
もしかして、死にたかったのか。
それとも本当にただの、ひなたぼっこなのだろうか。

若い女の子グループで起こしたテロは、最初こそマスコミに注目されたものの、結局女の子たちのお遊びだと受け止められてか、結局誰にも相手にされず、つまりは飽きられて、あっけなく終焉を迎える。
籠城先の建物を囲んでいた野次馬もマスコミもいつの間にか消えてしまい、自分たちで閉じこもっていただけだったというお粗末な結果になる。
自分たちの本気を誰もまともに受けてもらえなかったと女の子たちは落胆する。
しかし、女の子達は意外なほどに皆さっくりと、じゃあ家に帰るねと言って散り散りに帰っていく。
世界の終末を控えて不安定な若者達はしかし、過剰に現実へ期待したりもしないのだ。
残ったのは、リーダー格の女の子と、私の演じた猫好きの女の子二人。
立ち去る勇気が持てない者と、立ち去る必要がなくなった者。
今の私は、その女の子二人、どちらでもあると思った。
シーがいなくなり、どこにも歩きだせなくなったような気持ちと、かたや、もうこれ以上シーを苦しめることはないんだと、歩かなくていいんだと安堵しているような気分。
だけど出来れば歩いていたかったと、ぐずぐずしている。
ぐずぐずして、外に出られない。

***

あの時シーは、ひなたぼっこしているように見えた。
ベッドに寝かせると西日が当たって、シーは気持ちよさそうに昼寝しているように見えた。
軽く頭をつついたら、声をあげて起き出しそうに見えた。
それで、ああ、ここにいるのは陽だまりの猫だ、と思ってこれを書くことにした。
あの小さないきものが、世界よりも大事に思えることが、確かにある。
あの黒縁猫にとって、私はどうだったのだろう。
私にはなにができたろう。
また答えのないどうどうめぐりになるから、早く眠ろう。
寝ぼけてシーのかわりに毛布を抱こう。
シーの夢を見たら、スーのお腹にもぐってヒーリングしてもらおう。

「たかが猫でしょう」
「たかが世界でしょう」

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吐露終わり
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