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吐露始め 2006/08/07 月曜日

「ぬ」糠に釘(ぬかに・くぎ)

いつからだろう、ロマンチックな男にイラッとしはじめたのは。
かつてバンドマンの彼と付き合っていた頃、私は彼の創り出すロマンワールドの虜であった。
誕生日に年の数だけのバラをもらってはウットリし、セックス・ドラッグ・幼少時代のトラウマ等々、過去の思い出を遠い目で語る彼の横顔に惚れ惚れ見とれ、リビングで唐突に「踊ろうか」と言われおぼつかぬ足取りでゆらゆらチークダンスを踊ったりもした。
彼の部屋に泊まりに行った翌日の朝、私より早く起きてキーボードに向かい楽曲創作に励む彼に、「私の歌を作って…」などとねだってみたりと、私のロマンぷりもなかなかのもの。
しかしそんなおねだりに「ゴメンね。俺はそう言う視点では曲を作らないんだ。俺の曲は、暗い歌ばかりだからね…。」とまたも遠い目をする彼を見て、「なんて素敵なの」とため息をもらしたものだった。
ロマンチック最高!ムーディ万歳!あなたのならばそこはどこでもダンスホール。
しかしいつからだろう?そんなロマンな空気にキュッとする気恥ずかしさを覚えはじめたのは。
付き合って半年が過ぎた頃、彼と渋谷を歩いていたときだった。私たちは道の脇に止まっていたワゴンでドネルケバブを買った。店員はアラブ系のおじさんで気さくな空気を醸しており、「英語が得意(自称)」な彼は、基本が日本語でありながらも「a-ha」的な相槌を挟みつつ、おじさんへフランクに話しかけていた。私は彼が早く英語を駆使して喋らないかとワクワクしながらその様子を見守っていたが、会話が盛り上がるほどの時間もなくケバブサンドはあっという間に出来上がった。
「アリガトゴザイマシター」とアラブ系のおじさんが言い、私も礼を言って去りかけたとき、彼がおじさんを振り返って言った。
「See-ya!」
おそらくその時だ。私が“キュッとしたもの”を自覚したのは。
「シーヤかよ!」彼と腕を絡ませ歩きながらも、心の中で叫んだのだ。
イヤ別に英語自体が間違っていたわけじゃないだろう。「シーユーアゲイン」。未だ英語などろくに使えぬ私だって意味くらいはわかる。「別に挨拶として何もおかしくない」と言われたら返す言葉もない。
でもなんだったのか、あの違和感は。何がキュッとさせたのか。
私の中に以下のような想いが渦巻いた。
1/「バイバイ」じゃダメなのか
2/だってまた会うのかよ
3/そこまで盛り上がってたかな
4/おじさんは日本語だったのに
しかし私は当時恋人に対して限りなく盲目的でありたいと思うタイプであったので、その瞬間は冷静な目線を排除して「やっぱり英語が喋れるんだ、彼って素敵」と思い込んでいたし、“町なかで外人さんと気さくにふれ合えたというシチュエーション”にひとまず浸っていたかった。そのエピソードを友人に話し、「彼って英語話せてね」などと自慢した時もあったかもしれない。
だが彼と別れてはや幾とせ。当時の思い出を振り返ると、あの「シーヤ」が何かの分岐点であったような気がしてならない。たったあの一言、何でもない日常の一コマなはずなのに。
シェリル・クロウの歌声にあわせてゆれたあのロマンチックなリビング・チークダンスの思い出が、「シーヤ前」と「シーヤ後」では私の中で明らかに異なる色彩を放ったように思うのだ。
それはなんというか、「ネバーエンディングストーリー」と「ネバーエンディングストーリー3」ほどの違い、気がつけばファルコンが不細工&チープになっていたようなささやかだがハッキリとした違いなのだった。
以後、例えば飲み屋で男たちが己のロマンチストな恋愛話をしていたりすると、知らず知らずそれがシーヤ的かどうかを確認している自分がいる。そして「シーヤリトマス紙」において酸性と出たものに対し、厳しい目を持つようになった。
だが男は多かれ少なかれロマンチストでシーヤ的。うちの劇団員横山君も、クリスマスに付き合ってもない女の子へ「どうしても手作りオルゴールをあげたいんだ!」と言ってきかなかった暴走ロマンチスターだが、そんな彼に「ロマン禁止!」といくら叫ぼうとも右から左、糠に釘だ。
打っても打っても釘はめりこみ「ムード」という名の糠に埋もれ、ロマンチストという病気は治らないのである。
ならば女はどうするべきか。
全てのロマンぷりを否定してしまっては自分の恋愛が味気ないものになるだけ。
時にキュッとなりつつも、たびたびイラッとなりつつも、自分のシーヤリトマス紙が酸性反応を起こすまでは、共にロマンに浸かってみるのも良いのだろう。
酸性ギリギリのロマンは、それはそれはスウィートなものだから。

吐露終わり
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