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吐露始め 2006/08/18 金曜日

「ね」 寝ている子を起こす(ねているこを・おこす)

その時、同級生のM君は私の横できつく足を組んでいた。

中学三年生の終わり、両親が仕事へ出かけた昼間のうちに我が家へ集まって、クラスメイトの男女交えて開催したビデオ鑑賞会。一度目はホラー映画、そして二度目のその日は、アダルトビデオであった。
言い出しっぺは女子の方、というか私だったかもしれない。毎月「ロードショー」を愛読し映画好きを名乗っていた当時の私はレンタルビデオに通い詰めていたが、ある時知った店の奥、自分が入ることの出来ないワンコーナーに多大な関心を寄せていた。
それは女の子が最も興味の薄い極道モノをメインとしたVシネコーナーの奥にあり、こんなところにまだスペースがあったのかという場所に小さな入り口があって、時折足早に男性方がビラビラしたビニールカーテンを抜け奥へ消えていく。あの中には何か危険なモノがあると小学生の頃からうっすらわかってはいたが、受験シーズンも終わりもうすぐ高校生という折りに、どうしてもささやかな大人の階段を一段上ってみたくなったのだ。
さてその日、男女交えて6、7名。ウキウキと集まったはいいがビデオをレンタルするまでが最初の難関だった。
会員証は15歳の自分たちのものしかなく、会員情報を見られたら貸してもらえないどころか、子供のくせにAVなんてと店員さんの冷ややかな目も甘んじてお持ち帰りすることになる。いかにしてそれを避けるか、私たちが絞り出したアイディアはただ一つ。グループ内でも一番おっさんくさいルックスの同級生・アリちゃんに借りに行ってもらうことくらいだった。アリちゃんは中三ながら既にカールおじさん的な口ひげをたずさえており、旅行に行けば夜が明けるまで“中小企業と子会社の発展について”といった経済的熱弁を振るうような、日頃の振る舞いから少々おっさんの匂いがするやつだった。彼ならば店員さんもレジ横のコンピューターでわざわざ年齢を確かめようとは思わないはずと、私たちには自信があった。しかし万が一知られてしまったときに今日のイベントが台無しにならないよう、アリちゃんには15禁のヤングアダルトも借りてきてもらうことにした。

さてその日、皆はお菓子などを用意して我が家へ集合し、行ってらっしゃいと元気にアリちゃんを見送ったが、私はどうしてもあの奥の一角に行ってみたかったので、女子代表としてアリちゃんについていくことにした。
周囲にひと気がないのを確認しアリちゃんを奥のコーナーに送り出す。今思えばアリちゃんがあの奥に入ったのは初めてではなかったのかもしれないと思うのだが、私はそこにアリちゃんが歩いていくだけで最高にスリリングだった。
が、しばらくしてアリちゃんが奥から顔を出し、照れくさそうに言った。
「何借りていいかわかんね」
確かにあの大量なビデオの中から一本チョイスしてくることは、アリちゃんが己の嗜好をみんなにお知らせする形になる。しかしその時の私は「ってことは私があの中へ入れるチャンス」と受け取っただけだった。
「ねえアリちゃーん、あれ?何ここー」などと“悪気なく入っちゃった女子”を白々しく演じてついに奥の一角に走り込んだ私。「バ…バカ、入ってくんな!」と焦るアリちゃんの奥で、今まさにビデオを選んでいた男性客が明らかに動揺するのがわかった。
しかし動揺したのは私も一緒であった。

「な…なんじゃこりゃ!?」

何があるかはわかっていたが、驚いたのはその数だった。あの奥の一角にこんな広いスペースがあったとは!それはまるで、書斎の本棚の奥に宝の部屋が隠れていたかのような衝撃だ。
みぎひだり、どこを見渡しても乳、乳、乳。…乳、尻、乳。
あっという間にクラクラと酔ってしまい、ひげ面ながら同じく酔っていたアリちゃんと二人で、その辺の棚から下着姿の女の子がかわいらしくこちらを見つめている一番おとなしげなジャケットのビデオをもぎ取るように選んで部屋を出た。
さすがはアリちゃんのおっさんルックスにより(あるいは店員が見逃してくれ)、初めてのアダルトビデオは苦もなく借りることが出来た。保険として借りておいた金髪ターザン娘の15禁ビデオも一緒に、私たちは揚々と家へ帰ったのだった。

そして、冒頭の描写に戻る。
ビデオは思った以上に激しい(今思えば正当な)AVであった。
最初の芝居シーンはヘラヘラと見ていたものの、いよいよナニが始まり出すと皆どういう顔をしていいかわからない。爆笑して誤魔化す奴(私)、台所へ菓子を食いに行く奴、「なんか気持ち悪くなってきちゃった~」と模範回答の女子、まるでもう飽きたかのように違う遊びに興じる男子という誤魔化し合戦が続いていたが、そんななかさして動揺した素振りもなく画面を冷視していたのが秀才のM君であった。
M君は「うげー気持ちわりいー」と騒ぐほか男子たちと違い、ソファへ優雅に腰掛けてそれを見ていた。最初こそ少し恥ずかしそうにはにかんだり(女子にはこれが「かわいー」と高得点)しつつも、やがては「大人って、バカだな。」と吹き出しをつけたいようなやや呆れた様な面もち(ここがポイント)で、テレビ向こうの泡ぶろで絡み合う男女を眺めている。
しかし、さすがM君は大人だなあと思っているたら、台所へ避難していた男子の一人が可笑しそうに体をよじらせている。行ってみると男子E君は遠くのM君を指さし私へ耳打ちした。
「M、足くんでる!」
「え?」
私はその何が可笑しいのか、瞬時にはわからなかった。
腰掛ければ深々と体が沈むはずのたっぷりしたソファに、姿勢よく浅く座って足を組み、組んだ膝の上にきちんと両手をクロスさせていたM君。
その不自然な座り方に特別な何かを感じ取った時、私はまたひとつ男の子の愛しさを知ったような気がしたのだった。

吐露終わり
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