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吐露始め 2009/04/18 土曜日

陽だまりの猫/1

「たかがネコでしょ?」
「たかが世界でしょ!?」

そんな台詞があった。
遡ること12年前、当時劇団の座付き作家だった(KAKUTAの「KA」である)金井が書いた、短編戯曲「陽だまりのネコ」の中の一節である。
この舞台は、少女(といっても二十代前半)の女の子グループが世界に反発し、自身を人質として建物に籠城し、集団テロを起こすという話で、横浜の小劇場STスポットがスパーキングシアターというフェスティバルを行った最初の年に大賞をもらった作品だ。
97年当時のKAKUTAは、世紀末を目前に控えていたことから作品も終末思想が濃く、ノストラダムスの予言によって「もうすぐ世界が終わるかもしれない」という中にいる不安定な世代の若者たちを描いた作品が多かったが、この「陽だまりのネコ」もそのひとつだった。

私はそのグループの中でもとりわけ緊張感のない、子供っぽい女の子の役だった。
猫を飼っているのだが、その猫が家に帰ってこないという連絡が籠城先にいる私の携帯電話に届き、私はテロをやめてネコを探しに行きたいと駄々をこねる。
もちろんそんな幼い我が侭で(本人達にとっては)命を懸けたテロを取りやめにすることはできず、リーダー格の女の子は「たかがネコでしょ?」と怒ってたしなめる。しかし、私が演じた女の子は怯むどころか泣き叫ぶように激しく言い返すのだ。
「たかが世界でしょ!?」
私がこの舞台で憶えてる台詞は、情けないことにこの一言だけである。
だけど今、私はこの台詞を、しみじみと思い返している。

我が家のネコ、シーが死んだ。
うちには、スーという先住ネコと、シーというふたりのネコがいる。
死因は、糖尿病ということになっているけれど、本当にそうなのかはわからない。
ともかくそれは、今朝のことだ。
私はその死を、(私が母だとして)シーの父である元恋人と、母と、三人で迎えた。
現恋人は、ずっとそばで私と共に介護しながら、今朝はその瞬間に立ち会うことが出来なかった。

糖尿病が発覚したのは約十日前のことだ。
その日から今日まで、いやもっと前のことから今日までを、今からここに書き綴ってみようと思う。
実は現恋人も、今年のはじめに飼っていたネコを亡くしているのだが、その時彼がすぐさま今の心境をブログにアップしていたのを読んで私は、「そんなにも悲しいときに何故ブログなどに書けるのか」と半ば詰る様な口調で彼に聞いた。
恋人は、言葉にすることで自分の気持ちに整理したかったからだと言った。
私はそう聞いても、わからないなあ、私ならそんなこと絶対出来ない…などと思っていたのだが、今まさに、その時の恋人と同じことをしている。
そして、今になって彼の気持ちも分かるような気がする。

今の私の気持ちを、正確に言葉にすることなど出来ない。あまりにも稚拙で、なんだかいろんなモノが足りてない、安っぽい文章になるだろう。
言葉は安い。
未熟なりとも、ものを書く人間がこのように言っていいのかわからないけれど、今はひときわ、そう感じる。
しかし、安い言葉でもってしても、今の自分の、このどうにも身の置きどころがない状態をどこかに納めなくてはという切迫感のようなものがある。そうでなければ、恐るべき早さで忘れていく過去のことを把握しきらないまま取りこぼしてしまう気がして(把握しきりたいのかというと、それも違うのだが)、ただ漠々とした喪失感だけに支配されてしまうような気がするのだ。
今までも実家でくらした猫を亡くしてきたが、これまではそうした喪失感に手を施さず、好きなだけ哀しみにまみれることこそが失われた者たちへの供養であり、誠実な想いの現れなのだと信じてきた気がする。
だけど今は違う。
単純に言って、こんなことでもして時間をつぶさないとやりきれないのだ。
ジッとしてると「お願いだから起きて」という、これまた言葉にするとあまりに安い声が、勝手に口をついて出てきてしまう。オッサンのような低い嗚咽が乾いたべとべとの口から漏れ出る。
言葉を紡ぐ作業の良いところは、気持ちより頭が働く瞬間があるということだ。
逆に言えば、安かろうとそうしてなにがしかの自分を救うすべがあるのは幸せなことなのかもしれない。
安い言葉をよりどころにして、今も私のベッドの上で、眠るように横たえるシーを自分のそばにとどめておきたいのかもしれない。

***

シーはネットで知り合った、見知らぬ男性からもらったネコだった。
先にいるスーのきょうだいがわりとして、もうひとりどうしても欲しかった私は、子猫募集の告知をネットに出し、すぐに連絡が来た。
多分ハーフネコで少し毛の長い中毛種(?)です、という紹介と共に、鼻の下にハナクソのような大きなホクロ模様がある黒縁の子猫が水を飲んでいる写真が送られてきて、即決した。
うちは少し遠いけどどうやって手渡しますかと聞かれ、即座に引き取りに行きますと答えて、受け取り先は失念したが、たしか2時間半ほどかけて電車に揺られて取りに行った。
そのもと飼い主の顔は、全く覚えていない。ただ、子猫をかごに入れて帰るとき、少し寒いホームで言いしれぬワクワクとした気持ちに満たされていたことだけを憶えてる。
名前は「シノブ」と名付けた。小学生の頃、人が良くて面白くて優しい、高倉忍ちゃんという同級生がいて、その子がシーと同じ鼻の下にホクロがあったからだ。

先住ネコのスーとは、すぐに仲良くはなれなかった。というか、最後までベッタリ仲良しなふたりではなかった。けれどお互いに嫌な相手ではない、喧嘩はエキサイティングで、暑い日は共に玄関先で涼を取り、気が向けば舐めてやってもいいぜという感じの、良い関係だったように思う。
姉妹と言うより仲間のような関係のスーとシーを、私は、「スー&シープロダクション(略してスシプロ)」という架空の会社取締役、ということにしていじっていた。
スーとシーは、本当は私のいない間に莫大な金を動かしている大株主で、ビルゲイツが友だちで、肉球で「売り」「買い」と株を裁いてるという設定だ。
だから芝居なんて金にならないことを私がしているのには反対で、小劇場?おやめなさいよそんなもの、と思っているから、私の書いた台本を布団がわりにしたり、PCのキーパットでつめとぎしたりするのだと。
ばかばかしいが、スシプロが気に入って私は、周りの友だちや恋人にも吹聴していた。

最初の頃スーは、シーが来たストレスで痩せた。屈託なく甘えてくるシーに遠慮し、私に甘えられなくなったスーが気の毒で、私は頻繁にスーを抱いてトイレに籠もり(当時1ルームだったから他に個室がなかった)、好きなだけ甘えさせ、「スーだけかわいがる時間」というのを作った。
私とスーがトイレに入ると、シーは自分も入りたいと鳴いて、カリカリ戸をひっかいた。
しばらくするとスーはシーのいる生活を受け入れ、私に普通に甘えられるようになり、トイレタイムもなくなったが、シーは何年経っても私がトイレへ行くと一緒に入りたがった。
そして一緒に入ると、膝に座って喉を鳴らして甘えた。
不思議なことに、スーの方がトイレで過ごした記憶があるはずなのに、トイレで甘えるのは、あの時入れてもらえなかったシーの方になっていたのだった。

トイレに限らず、シーはとにかくだっこされるのが好きな甘えん坊だった。
シーが子猫の頃、私がパソコンで作業している間あぐらを書いた足の上に乗せて遊ばせていたからかもしれない。子猫の頃は良かったが、6キロのおデブになっても膝に乗りたがるので、長時間シーを乗せて台本を書いているといつも足がしびれた。膝に乗せたまま煙草を吸おうとすると、火がついてない煙草をひっかいたり噛んだりしてしまう。煙がかかるのも気が引けて、シーを乗せて煙草を吸うときは着ているトレーナーの中にもぐらせるようにしていたら、それも気に入って、膝に乗ると自分から潜りたがるようになった。
だから、シーを乗せて私がパソコン作業をするときは、いつもお腹がぼっこりとふくらんだ妊婦のようだった。トレーナーの中で、襟元から私を見ていたり、ネックレスをいじったりして過ごしていた。
重さのあまりどけようとしても、しつこく膝に乗りたがる。むりやり降ろすと、そばに寝て、前足だけ私の足にちょろっと乗せていたりして、「それほどまでに私にさわっていたいのか」と笑ったものだった。
最後、息を引き取る直前まで、シーは私の膝に乗ろうとした。

シーもまれにみるほどの甘えたがりだったが、私も負けずに甘えたがりである。
だから、台本が書けないとき、落ち込んでるとき、もちろんなんでもないときも、シーが太ったお腹を見せて寝ているときは、そこに顔を埋めにいった。
ネコの腹というのは、どうしてあんなにいい匂いがするのだろう。あの臭いを嗅いでいると、自然と心が安らぎ、暖かいもので満たされ、眠くなる。
だからその場で眠ってしまうこともしょっちゅうだし、ともかく私とシーはいつも一緒に寝ていた。
私が寝れば、当然自分もといわんばかりに枕元に来て、布団に潜らせろとカリカリひっかく。それで私の顔が引っかかれて喧嘩したのもしょっちゅうだし、シーが布団を陣取ってしまい、寒くて目が覚めたこともある。追い出せば私の上に乗って眠り、そういうときはたいてい、シーの重さでうなされ、変な夢を見た。
今もシーはベッドの上で目をつむっている。体は固くなってきても、お腹はまだ柔らかく、変わらずいい匂いがする。だから私はコレを書きながらも、突発的にお腹の臭いを嗅ぎにいく。
こんな風に書けるのも、今はまだシーのお腹に顔を埋めることが出来るからかもしれない。
明日、明日から先、シーの匂いが嗅げないことを、私はまだ想像が出来ない。

吐露終わり
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