2009/04/19 日曜日
M動物病院へ通う日々が始まった。
最初にインスリン検査をした日に、問題なくご飯を食べられるようになっていれば、そのままインスリンの適量を決めていけるはずだった。ところがご飯が食べられないので、それ以上検査を薦めることが出来ない。まずは食欲が出るよう体調を戻さなくてはならないと言うことになり、毎日、点滴を行った。
吐いた夜の翌日からは点滴に胃酸を押さえる薬を入れてもらった。
胃がやられていることから、吐いたものに血が混じっていると聞き、止血剤も点滴にはいることになった。
恋人が実家の車を運転し、朝9時すぎに病院へ向かう。
そして夕方、再び恋人が運転する車で引き取りに行く。
その繰り返しがしばらく続いた。
私はもうKAKUTAの稽古がほぼ毎日入っていたから、引き取りに行けない日は恋人に頼み、家に帰るまでのその日の様子を逐一メールで報告してもらった。
私も恋人も行けない日は、元恋人にお願いした。
元恋人は、シーが我が家へ始めてきたときからずっと付き合ってきた、いわばシーとスーにとって父親的な存在である。恋人という関係がとだえて今やむしろ完全に私の家族であり、かげがえのない存在となって、現在も公私ともに助け合って生きている。
だから、端から見れば二人の男性に協力を得ていることが少し奇妙にうつるかもしれないし、やや複雑な関係を非難する人もいるかと思うが、どちらもシーのために心から協力してくれていた。
そんな生活が数日続いても、シーの体調が著しく良くなることはなかった。
「昨日より少し目がしゃっきりしている気がする」とか、「昨日より首が動いて元気そう」だとか、本当にささやかな変化を見つけては喜び、ちょっとずつでも良くなっていると思おうとしていたが、やはりご飯は食べられず、点滴の生活を脱することが出来ない。
それまで、稽古に向かう電車の中でも糖尿病のネコちゃんを世話している方々の闘病記などを読み、シーの様子と当てはめて参考にしたりしていたが、シーの変わらない病状から、徐々に他のネコちゃん達の様子と当てはまるものも少なくなっていった。
そして病院通いが数日続いた頃から、私には少しずつM先生に対し不信感が生まれていた。
車で通わねばならない距離のM動物病院はNという町にあるのだが、もともと自宅から徒歩数分のところに同じM動物病院が経営するSという支店(といっていいのだろうか?)がある。
それまではずっと腫瘍の手術も含め、Sの方に通っていたのだが、先に書いたとおり、久々に再検査へ訪れた際、たまたまM院長先生が来ていて、糖尿病もM先生が発見したことから、「出来れば私の方が看ていきたいのでNまで来られませんか」といわれ、Nまで車で通うことを決めたのだ。
M先生は院長なので、Sほかあちこちの病院を行き来しているらしく、当然他の患者の診療もあるので忙しいのか、最初こそ朝連れて行けば目の前で血糖値を計ったりしてくれていたのが、そのうち別の先生からその日の様子を聞かされると言うことが多くなった。
朝連れて行ってもM先生がおらず、その日その日で別の先生が病状を聞きに来る。
医師が変われば説明ももう一度必要になるので、何度も糖尿病について同じ説明を聞く羽目になる。
預けに行ってもその日どんな治療をするのか説明がなく、はい今日もお預かりしますねと、その都度違う医師にただ受け取られてしまうという状態になっていた。
ある時、シーの体内からケトン尿が出ていると聞かされた。
ケトンという有害物質が体内で生成され、それが尿として排出されていると言うことだった。
確か、その前日くらいからケトン体が出ているので…という言葉を聞いていたのだが、聞く医師が毎回違うこともあり、わからない分はネットの闘病記などで情報を集めて補っていたものの、ケトンが出て以降体調が改善されたケースも少なくないようだったので、それがなんなのかはわかっても、その深刻度がいかなる程度か、最初は今ひとつわからなかった。
ある日の朝、いつものようにシーを預けにいく際、またも違う医師にシーの体調を聞かれ、ケトンに対し昨日と同じ説明された私は苛々し、院長先生から聞きたいと言ってわざわざ呼び出してもらった。
その時のM先生からの説明はショックなものだった。
やはりその「ケトン」が出ていると言うことから病状は深刻であるということを言われたのだが、実はM先生は、数日前のシーの様子を見て既に、「あと一日もつかどうか」くらいの状態だと思った、というのだった。
しかしそのわりにシーが頑張ってくれて命が繋がっているのが今の状態なんです、と説明を受け、少しずつでも良くなってるのだと信じていた私は、ショックだった。
もともとM先生は、同じ説明を長々繰り返し話すと言うところがあった。早口でまくし立てて、質問を与える隙をあまり作らないところがあり、私もその言葉の量に圧倒され、なんだか漠然と了解したような気になって帰ることもよくあった。
また、なにかを聞くと、深刻な状態ですと言うことばかりを違った表現で繰り返し言われるため、色々質問したくとも、気持ちの沈む答えしか返ってこず、その日も延々と、改善は望み薄であることを聞かされた。
私は、いつになったらインスリンが自宅で打てるようになるのか聞きたかったが、今はそれ以前の問題だと言われてしまった。
インスリンの投与と点滴、そして必要時には背中に糖を注入したり水分を入れたりして、毎日一万数千円の金が消えていく。
自分の生活費用の預金はもう底をつき、普段手を出さない貯金から引き出して治療費に充てていた。
良くなってるかどうかもわからず、毎日違う医師に預ける病院通い。
目標が見えないことがさすがに不安で、この生活をいつまで続ければいいのかM先生に聞くと、先生は、飼い主さんの判断次第だと返した。
私は、どこに向かって頑張ればいいのかという目標を知りたかったのだが、先生は私が経済面を気にしていると受け取ったようだった。
治療を辞めて、現状を受け入れ、諦めるのか。
それともこのまま、お金がかかっても命が一日でも続くように処置し続けるのか。
それは患者さん次第ですと。
つまりは、私とM先生の見ているところが違ったのだ。
私はシーを治すことが目標。治したいと言っても、糖尿病が一生向き合って行かねばならないものだというくらいは私もわかっていたが、自宅療養できるくらいになることを目指していたのに対し、M先生はシーに対し、現状維持が目標だった。
先生の話を聞くことが怖く、辛く、何か言い返したくとも、声が震えて旨く喋れない。結局その日は、恋人がほとんど先生と話し、帰ってきた。
ケトンが出ていても治ったネコはたくさんいるよと、同じくネットで調べていた恋人に力強く説得されて稽古場へ向かったが、電車に揺られている間も、もし失ったらという恐怖が波のように襲ってきて、結局稽古場近くの駅の前で泣き崩れてしまった。
演助のゆかに少し遅刻させてくれと電話をしたら駅まで迎えに来てくれた。その場で立ったままゆかにすがりついてひとしきり泣き、結局稽古は30分遅れていった。