2009/04/21 火曜日
翌日も、いつものように恋人が運転する車でM動物病院へ預けに行った。
とはいえ、今日はただ預けるのじゃなく、K先生からもらった診断結果がある。それを見せてもう一度M先生と話し合い、どうにも話が食い違ってしまうなら転院しようと言う心づもりだった。
果たして、M先生とのやりとりは予想したとおりだった。
カリウムはもう点滴に入ってますから、これ以上入れて良くなるものではないと言われ、輸血の話をしても、したからと言って良くなるかどうかわからない、むしろ溶血などうまくいかない場合もあると言われた。その夜間病院の先生と私では考え方が違うのでしょうねと言う返答だった。
ともかく、これ以上何かをしても意味があるかどうかわからないと言うのがM先生の答えだった。
少しでも良くなるなら何でもしたいんですが、先生はこのままの治療で良いと思っているのですかと、半ば喧嘩腰で聞いた。M先生と話しながら、もはや私も恋人も完全に腹を立てていた。
言いたいことをちゃんと受け止めてもらえず、話の腰を折られいちいち解釈が食い違ってしまう苛立ちもあった。
K先生の診断書を軽く見て流しかけたのも疑問だった。
そして、あれだけK先生が気にしていた貧血について「糖尿病の猫というのは貧血になるものですから」というような回答で一蹴されたことに驚いた。
このままの治療方針で良いのかという問いに対するM先生の答えは、「これが一般的な糖尿病の治療であると私は思ってます」ということだった。
詰まるところそれは、手の施しようがないという答えだ。
もう、病院を変えるしかないと思った。
この日はひとまず、目の前で血糖値を計ってもらってから今まで通りシーを預け、稽古場に向かう前に自宅近くのT動物病院へ電話をかけた。
昨晩、夜間のK先生に、「このままM病院へ通い続けるべきでしょうか」と相談してみたところ、K先生は合わないと思うなら変えても良いかもしれませんねと言って、Tを紹介してくれた。
ここが格別糖尿病に精通しているというからではない。家から近く、また新設の病院だからどうかということだった。
「若い医師は勉強してるし、開業したての獣医師はそれこそ信頼を得るためにも必死でやりますから」
それがK先生の意見だった。
ここのお医者さんは信用できるから、と言うような回答を望んでいた私はちょっと拍子抜けしたけれど、他に動物病院を知っているわけではないから、ともかくまずは状況を話し、ちゃんと話が通じる医師か、誠意がありそうかどうかで判断しようと思った。
T動物病院の院長は、声からしてやはりK先生の言うとおり、若い獣医師だった。
私はまたしても、昨年の乳腺腫瘍の健から順を追って話していった。昨日の夜間病院でのことも、今朝のM先生との話まで。
T先生は丁寧に応対する先生だった。力のある先生なのかどうかはまだわからないが、ちゃんと話が通じることは確かなようだった。そしてT先生も同じく、貧血を気にした。K先生にもらった飼い主用の検査結果表を見ながら数値について述べると、それはかなりの貧血状態ですねと言う答えで、やはり、T先生の回答も「ただの糖尿病ではないかもしれません」と言うことだった。
そしてやはり、「私は腎臓に問題があるのではないか」とのことだった。
K医師とT医師、二人から共通し体験を受け、私はM病院を離れることを決めた。
更にT先生は、話を聞く限り確かに大変な状況だと感じるので、もしうちに預けるなら入院させて徹底的に検査をし、集中的に看た方がいいと思うと言った。腎臓のレントゲンもとりたいし、エコー検査もしたいと言われ、私は回復を目指そうとしてくれることが何より嬉しかった。
病院を一つに絞らず、他の所にも診察に行って相談することをセカンドオピニオンと言うらしいが、それをしてみましょうということを名目に、だがほとんど気持ちは転院するつもりで、明日の朝に約束を取り付けた。
その日稽古場へ行く前に、私は劇団のメーリングリストで猫の現状について劇団員に話した。
それまで、私が病院通いをしていることは、演助のゆかなどに話す意外は、ほとんど内緒にしていた。皆、私がどれだけうちの猫に依存しているか知っているので心配をかけると思ったし、同情をかけられることで、気弱になりそうな自分もいたからだ。
だけど、転院を目前にして更にこの緊迫状態が長期戦になることを覚悟し、何かあったときは皆の協力を得ることもあるだろうと話すことにした。
出来るだけ普通に過ごしたいという私を察して、その日の稽古場で皆があからさまに私に同情の目を向けることはしないでくれた。それが何よりありがたかった。
だけど帰り際、私がバタバタと皆より先に稽古場を去ろうと言うときに、劇団員が次々に私を抱きしめに来た。何も知らない客演陣にとってはさぞや気味の悪い光景に映ったことと思う。
涙ぐむ劇団員を見て、おめえらが泣いてどうする、と思いつつ、また仲良し集団とかって冷やかされるワアなどと思いつつ、こみあげるものを私自身も押さえきれず、ありがたさと嬉しさと、シーを失うかもしれない恐怖がまた襲ってきて、半端な嗚咽を漏らしながら帰った。
***
その夜、シーの体調は悪化した。
稽古場を離れて、今日猫を引き取りに言ってくれた元恋人に電話をすると、彼は不安を隠さない声で、早く帰ってくるようにと言った。シーの呼吸が浅く、グッタリしているという。
再び恐怖だけが襲ってきた。焦っても焦っても、電車はいつもと同じ時間を走る。
今日の様子を知るために、Mに電話をすると、シーの症状についてよりも、今朝の喧嘩について謝罪された。自分は飼い主さんの気持ちを理解してなかったかもしれない、なんとしても助けたいとまで考えているとは思っておらず、勝手に存命させることを望んでるのかと解釈していたと詫びられた。
なぜそう思ったのか。思い当たるところはいくつもあったが、そう考えると、M先生は前から私の言葉を勝手に解釈してしまうことばかりだった気もする。
良くなるかどうかわからないけど何でもしたいと思ってるのであれば、大学病院を紹介しますし、糖尿病に精通した川崎の獣医を紹介しますと言われ、その言葉に刺があるような感じを受けつつも、今さらどちらの案も現実的ではないと感じていた。
まず、大学病院はどうも聞くところ順番待ちのようであり、また川崎は距離的に厳しい。
私は車の免許を持ってないし、稽古もますます忙しくなる時期で、毎日通うことが出来ない。
だから近くのT病院にセカンドオピニオンしてもいいかと聞くと、どうぞどうぞという感じで快く了解を得た。
M先生はむしろもう、私たちを手放したいような感じがして、私もまたM先生を見放した気持ちになった。
ここまで書くと、M先生はダメな獣医であるというように読めると思うが、実際は多分、ちょっと違う。
私はコレまで、うちで暮らしてきた犬や猫を、子供の頃からずっとこのM動物病院に診せてきたのだ。
助けられて感謝したことも幾度もある。
別の場所に済んでいた頃、数回別の獣医にかかったくらいで、今まで他の獣医と深く関わったこともなく、いわば私にとって動物病院とはMが基本だった。
だから、見解が違うとか、相性が合うかどうかと言うこともわからなかったのだ。
先生の言うことも、全て間違っているわけではないのだ。
今私が置かれている現実を見れば、先生の言うとおり、「手の施しようがなかった」とも言えるのかもしれない。
ただ、M病院の治療方針は、私の求めているものと違った。
それを、今回初めて知ったということだ。
M先生から、この日のシーが特別状態が悪かったというようなことは聞かなかった。
元恋人は毎日シーの様子を見ているわけではないから、たまたま元気がない様子を見て心配になっているだけではないかとも思った。
動揺する自分を押さえたくて雑誌を読んだ。それでも不安と焦燥は募るばかりで、電車の乗り換えのたびに元恋人に電話をして様子を聞き、大丈夫だと言ってくれとむりやり頼んだりしながら家路を急いだ。